新国立競技場の設計者として選ばれた隈研吾氏の建築作品の紹介記事です。隈研吾氏はその作品傾向から和の大家と呼ばれています。(公開された2つのデザイン案のポイントはこちらの記事)
公式サイト
kengo kuma and associates | 隈研吾建築都市設計事務所
隅研吾氏の建築作品を個人的な見方で、A.建築理論家の時代、B.負ける建築の時代、C.和の大家の時代の三つの時代に分けました。作品理解の目安的な区分です。隅建築を調べながらのざっくりとした紹介になります。
目次
A.建築理論家の時代
ポストモダンの時代でも良かったんですが、建築理論の側面から作品をつくっているような感じがしましたので建築理論家の時代としました。初期は感性で建築をデザインするよりも理論が勝っていました。初期からいぶし銀のような造形力が際立っています。
ドーリック(1991年)
南青山にあるドーリックビルです。ポストモダン建築です。1990年の前後、建築デザインの世界ではポストモダン建築の嵐が吹き荒れていました。このギリシア建築のドーリア柱をモチーフにした作品もそんなポストモダニズムの文脈の中で生まれました。
1922年のアドルフ・ロースのシカゴ・トリビューン案にインスパイアされたということです。次の記事によれば装飾ではなく抽象という説明をしています。
隈 研吾 - フィクショナルな都市からインタラクティブな都市へ「エレメントを自由に呼び出す画面としての建築」:東西アスファルト事業協同組合
今がポストモダニズムの時代であったなら、ウォーホル人気も絶頂でしたし、エンブレムも「引用」ということで、美術評論家からの擁護が期待できたかもしれません。隅氏のこの時代のテーマは「都市の虚構性を暴く」です。
ドーリック南青山の物件情報
ポストモダンとは
ところでポストモダンとは何なのでしょう。
ポストモダン(英: Postmodern)とは、「モダン(近代)の次」という意味であり、モダニズム(近代主義)がその成立の条件を失った(と思われた)時代のこと。ポストモダニズム (Postmodernism) とは、そのような時代を背景として成立した、モダニズムを批判する文化上の運動のこと。主に哲学・思想・文学・建築の分野で用いられる語。
「モダニズム(近代主義)がその成立の条件を失った(と思われた)時代のこと」です。この「(と思われた)」という部分がミソです。現在ポストモダン建築は消滅しました。思想的にはかなり重要だと個人的には考えています。均質な空間、労働、意識の拡大生産は止まることを知りませんので。
もうひと作品見てみましょう。
M2(東京メモリードホール)(1992年)
M2です。はじめて見たときは「これがポストモダンか」と驚きました。ドーリアの柱は、ギリシア建築様式のドリス式ですがM2の柱はイオニア式になっています。
上からドリス式、イオニア式、コリント式の柱です。
個人的な予想としてはデザイン的に洗練された多くの建築作品は後世に残ることはないでしょう。残るとすれば思想から組み立てられたこのようなポストモダン建築ではないかと思います。
建設当初は自動車メーカーのショールームだったと思いますが、現在はメモリアル施設として使われています。
作品紹介ページ
M2 | kengo kuma and associates
隅氏は理論家でもありますので、著作とあわせて作品を見ると面白さが倍増します。
著作
M2に対する評価は賛否両論で東京では仕事がなくなってしまったということです。否定的な意見の方が多かったんですね。個人的にはものすごい造形力だと思います。
B.負ける建築の時代
東京で消耗した隅氏は地方でこつこつと名建築をつぎつぎと生みだしていきます。 小規模の作品が多いですがこの時期、棟梁や匠や和の職人とのコラボを通してその後の「和の大家」と呼ばれる実力を磨いたようです。
檮原町 雲の上のホテル(1994年)
挫折を味わい東京では仕事が来なくなってしまった隈研吾は、梼原へ行って劇場の「ゆすはら座」と出会った。ゆすはら座は高知県唯一の木造芝居小屋である。
このゆすはら座との出会いが転機になって「雲の上のホテル」が生まれました。隅氏が存続運動に関わることになるゆすはら座です。
出典:http://www.town.yusuhara.kochi.jp/kanko/spot/yusuharaza.html
隅氏はこの後三作品ぐらい梼原町で建築をつくるんですが、いずれもこの「ゆすはら座」の世界観とマッチするような木造の建築です。そういう意味では、ポストモダン的思考による建築です。
水/ガラス(ATAMI 海峯楼)(1995年)
出典:http://www.atamikaihourou.jp/
熱海の旅館です。写真は水とガラスをコンセプトにしたウォーターバルコニー。隅氏の作風に変化があらわれた建築作品です。
海峯楼の紹介記事です。
こんなに綺麗な旅館見たことある?熱海の「海峯楼」は日本一美しいガラスのお城 | RETRIP
公式サイト
森舞台/登米町伝統芸能伝承館(1996年)
出典:http://www.city.tome.miyagi.jp/map/map-shougai/sho_031.html
江戸時代から今に続く登米能を上演するための能舞台です。現在の能舞台というのは建物の中にあるのが一般的ですが、ここでは自然の中の原初的形態を復活させたそうです。
作品紹介ページ
Noh Stage in the Forest | kengo kuma and associates
那珂川町馬頭広重美術館(2000年)
出典:http://forf.allabout.co.jp/s/091209/index5.htm
浮世絵の安藤広重の美術館です。広重の美術館は複数ありますが、この美術館は栃木にあります。隅氏というとこの作品を思い出す人が多いのでしょうか。この時期の代表的作品だと思います。
隅氏の建築作品を調べていますと、メディアに取り上げられやすい傾向があるようです。
細かいピッチの木製ルーバーによる陰影表現です。
公式サイト
作品紹介ページ
Nakagawa-machi Bato Hiroshige Museum of Art | kengo kuma and associates
石の美術館(2000年)
80年前の石造を活かした「石」をテーマにした美術館です。石工職人と対話を繰返しながらつくりあげたことが伝わってくるようです。
石を使って新たな建築表現、ディテールを数多く生み出しています。
公式ページ
作品紹介ページ
Stone Museum | kengo kuma and associates
負ける建築とは
隅氏の最も代表的な建築思想は「負ける建築」です。負ける建築とはなんでしょうか?
建築家の隈研吾が2004年に刊行した同名の自著で提唱した建築観。都心に屹立(きつりつ)して巨大さや構造的な強さを誇示する高層ビル群やサラリーマンが多額のローンを組んで購入する郊外の一戸建て住宅などを「勝つ建築」としてとらえ、それとは異質な受動的な建築のあり方を目指したもの。出典:負ける建築(まけるけんちく)とは - コトバンク
また、建築というのは文学作品や芸術作品と違って諸条件によって思い描いたような作品がつくれるわけではありません。それならばいっそのこと諸条件に負ける方向で建築をつくっていこうという考えも含んでします。アピールするよりも受容される建築をつくろうと思ったのではないかと理解しています。
新国立競技場の公募にあたってもこれまでの諸条件を分析して受容される建築を提案してくるでしょう。
著作
C.和の大家の時代
地方で名建築をつくり、隅氏は東京やメジャーな都市でも作品をつくるようになります。「和の大家」の時代です。
今度の新国立競技場では「日本らしさ」の表現として次の提案が求められています。*1
- 日本の伝統的文化を現代の技術によって新しい形として表現する方策
- 日本の気候・風土、伝統を踏まえた木材利用の方策
この課題は隅氏が和の建築で追求してきたテーマでもありますので、本命と称されるところでしょう。一般アンケートでは、あまり重視されなかったテーマだけに隅氏にはラッキーだったところはあります。*2
ONE 表参道(2003年)
出典:http://kkaa.co.jp/works/architecture/one-omotesando/
表参道のファッションビルです。外装の木のルーバーがシャープです。東京という表舞台で何かふっきれたような明るい表現の建築です。
ルーバーの断面を見ますと、テーパードがついて先端ほど細くなっています。限りなくシャープに見せようとしてるんですね。この飽くなきディテールへのこだわりが隅建築のひとつの特徴です。
作品紹介ページ
One Omotesando | kengo kuma and associates
COCON KARASUMA(旧・京都丸紅ビル改装)(2005年)
隅作品の中では一番好きな作品。京都に対するオリジナルな解釈やデザインを加えながら元の建物の魅力を充分に引き出すリニューアルをしています。京都烏丸に行ったら見て見るのもおすすめです。
唐紙屋さんがあって、ファサードにはそこの紋様が使われています。おみやげにもいいです。
長崎県美術館(2005年)
日本設計とのコラボ作品です。この頃からつぎつぎと大作を手掛けるようになりす。縦ルーバーも隅研吾氏の建築の代名詞になります。
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作品紹介ページ
Nagasaki Prefecture Art Museum | kengo kuma and associates
梼原町総合庁舎(2007年)
雲の上のホテルのある梼原町の役場です。これも木造のようです。
内部です。地産地消の庁舎ですね。
公式サイト
作品紹介ページ
Yusuhara Town Hall | kengo kuma and associates
もうひとつ梼原につくった作品。
梼原 木橋ミュージアム(2010年)
これは木橋ミュージアムに架けられた橋のようです。作品紹介ページによれば「やじろべえ型」という新たな構造形式のようです。
作品紹介ページ
Yusuhara Wooden Bridge Museum | kengo kuma and associates
サントリー美術館(2007年)
ミッドタウンにあるサントリー美術館です。ここでも縦ルーバーのシャープさを表現しています。これは石材でしょうか。
出典:http://www.keiyogas.co.jp/home/park/hureai/museum3/detail_4.html
出口付近の階段室が現代的な和の空間となっています。
公式ページ
作品紹介ページ
Suntory Museum of Art | kengo kuma and associates
朝日放送新社屋(2008年)
大阪の中之島の西の方にあります。ファサードの透かしたデザインと抽象的なキューブの対比が印象的です。
作品紹介ページ
Asahi Broadcasting Corporation | kengo kuma and associates
根津美術館(2009年)
南青山にある根津美術館です。和の大家を決定づけたような建築です。屋根のシャープさに驚きました。
洗練されたディテールと陰影の効いた名建築です。
公式サイト
作品紹介ページ
Nezu Museum | kengo kuma and associates
ザ・キャピトルホテル 東急(2010年)
出典:http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20101018/1033380/
永田町に1963年に開業した東京ヒルトンホテルという政界や著名人に愛されたホテルがあって、2006年に営業終了しました。それを受け継ぐかたちで隅氏が設計したのがザ・キャピトルホテル 東急。和の本質を追究した高層複合ビルはレジェンドの継承です。旧国立競技場のレジェンドを継承して、新しい国立競技場を隅氏が設計するのでしょうか。
紹介ページ
“伝説のホテル”が溜池山王に復活!「ザ・キャピトルホテル 東急」 - 日経トレンディネット
ありし日の東京ヒルトンホテルです。ビートルズも泊りました。ホテルオークラもなくなりますし、東京からはこの手のオールドホテルが消えてしまいさびしい限りです。名古屋のウエスティンと大阪のリーガロイヤルは残って欲しいものです。
公式ページ
ザ・キャピトルホテル 東急 | 東京都心のホテル・千代田区永田町・赤坂・六本木 | トップページ
スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店(2011年)
大宰府のスタバがすごいと一時話題でした。この木組みによって屋根を支えているんでしょうか。
公式ページに解説があります。
作品紹介ページ
Starbucks Coffee at Dazaifutenmangu Omotesando | kengo kuma and associates
浅草文化観光センター(2012年)
和風のアヴァンギャルドな建物です。出来た当時は雷門が日陰になるといった話もありましたがその後に話は聞きませんのであまり問題にならなかったのでしょう。浅草の新しいランドマークとして受容されたのではないかと思います。
【日本の議論】浅草寺の雷門が日陰に…文化観光センターは高すぎるの? +(1/4ページ) - MSN産経ニュース
公式ページです。
作品紹介ページ
Asakusa Culture Tourist Information Center | kengo kuma and associates
長岡市シティホールプラザ アオーレ長岡(2012年)
市役所です。「地方都市の中心街に、地球の新しい核となる複合型の市役所」を提案したということです。千鳥状の木パネルが斬新です。
この屋根付き広場「ナカドマ」を中心に市役所、アリーナ、市民活動の場、議会が一つに溶け合っています。
隅氏が市長と語るアオーレ長岡の記事です。
どのようにこうしたシティーホールプラザは実現したのでしょうか。隅氏による実現プロセスの記事です。
常識破る「アオーレ」議会を説得し実現|日経BP社 ケンプラッツ
公式ページ
作品紹介ページ
Nagaoka City Hall Aore | kengo kuma and associates
サニーヒルズジャパン(2013年)
南青山のパイナップルケーキ屋さんです。スタバの木組みを超えています。
台湾から上陸したお店のようです。機会があったら食べてみたいですね。
公式ページ
SunnyHills 微熱山丘 | 陽光が焼き上げたスイーツ
作品紹介ページ
Sunny Hills Japan | kengo kuma and associates
エントレポット マクドナルド(2014年)
出典:http://kkaa.co.jp/works/architecture/entrepot-macdonald/
フランス、パリにある学校を中心とした複合施設です。和の大家としての成熟が見られるようなデザイン表現です。
出典:http://kkaa.co.jp/works/architecture/entrepot-macdonald/
フランスでも和を感じさせる空間を実現しています。
作品紹介ページ
Entrepot Macdonald – Education and Sports Complex | kengo kuma and associates
著作
最新刊です。
隈研吾作品集
GAアーキテクト (19) 隈研吾―世界の建築家 (GA ARCHITECT Kengo Kuma)
- 作者: 隈研吾,二川幸夫
- 出版社/メーカー: エーディーエーエディタトーキョー
- 発売日: 2005/09
- メディア: ペーパーバック
隈研吾作品集 2006-2012―KENGO KUMA 2006-2012
- 作者: 隈研吾,二川幸夫
- 出版社/メーカー: ADAエディタトーキョー
- 発売日: 2012/11/23
- メディア: ペーパーバック
審査結果についてのレビューです。
公開された2つのデザイン案のポイントと審査方法についての記事です。
スタジアムの躍動感と快適性を比較した記事です。
これまでに新国立に登場した5人の建築家のまとめ記事です。
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