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【新国立】「躍動感が伝わるスタジアム」と「サスティナブルな快適性」に着目 / 隈研吾氏案と伊東豊雄氏案の比較レビュー(その2)

新国立のプログラムは競技場ですので、どんな中身のスタジアムかが重要となります。アスリートが最大限の力を発揮し、オーディエンスが競技や式典を臨場感を感じながら楽しめるデザインが大事な点になります。

2回目のエントリーでは、このスタジアム内側のデザインという視点で2つのデザイン案を比較してみました。

加えて、施設の印象を左右する「快適性」という視点でも比較しています。

 

目次

  

 1.A者のスタジアムデザインの特徴

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出典:JSC

A者スタジアムの断面です。すり鉢状3層スタンド構成の観戦環境としています。すり鉢状とすることでフィールドを包み込むようなスタンドとなります。

まずは大会時の収容人員ですが、1層目が1.5万席、2層目が1.65万席、3層目が2.85万席の計6万席です。大会終了後は1層目に座席を被せることで、1層目が3.4万席、2層目が1.75万席となり計8万席となります。8万席というのはサッカーW杯招致に必要な座席数です。

次に見やすさですが、上図に記載されていますように、3層それぞれに違った角度をつけることで、全ての観客席からC値60㎜以上を確保しています。*1

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出典:JSC

 スタジアムの内観イメージです。A者は3層構成ですので、水平状の帯が中間に2本入るデザインとなります。360°連続した観客性形状により、途切れることのないウェーブが可能となります。

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出典:JSC

観戦風景イメージです。選手の躍動感がダイレクトに伝わってくる1、2層目に多くの観客席を配置できることがA者のアピールポイントとなっています。

安全性についても見てみましょう。

クリティカル部の避難計画

もっともクリティカルな部分からの避難計画がどうなっているかチェックしてみましょう。1番クリティカルな部分は最上部観客席になります。

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 3層スタンドの最上部観客席から観客席出入口までは8分以内です。出口までは10分以内となっています。その他の観客席は外部まで15分以内で避難できる設定となっています。 

 

2.B者のスタジアムデザインの特徴 

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 出典:JSC

B者のスタジアム断面です。2層式スタンド構成です。フィールドからスタンドを情熱の赤(茜色)から天空の白へグラデーションさせることでアスリートの躍動するエネルギーを伝えることが特徴となっています。

大会時の収容人員は、下段が25,825席、上段が42,227席、合計68,052席となっています。大会終了後は、下段が35,535席、上段が44,471席、合計80,006席となっています。大会時は、B者の方が幾分多い収容人数になっています。

見やすさについては、FP(注視点)を検証した観客席計画を行っており、A者と同じC値60㎜以上の見やすさが確保された計画と思われます。

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 出典:JSC

スタジアム内観イメージです。情熱の赤から白へのグラデーションが鮮やかです。屋根をウェーブさせることで観客の興奮を表現しています。

B者は2層式ですので水平上の帯は中間に1つ入ります。帯よりもコンコースのスリット部を目立たせるデザイン意図がうかがえます。 

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出典: JSC

 下段席からの観戦風景イメージです。屋根の先端部が半透明になっていますので空に溶け込んでいくデザイン効果が生まれます。(実際にはこの半透明の屋根は日射を通すことで芝生の育成を考慮したものです。)

こちらでも避難計画をチェックしてみましょう。

クリティカル部の避難計画 

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 出典:JSC

最上部観客席から観客席出入口までの避難は8分でA者と同じです。外部までの全館避難も15分となっておりこれもA者と同じです。

A者は3層のコンコース、B者は2層のコンコースという違いはあれ、クリティカル部の避難性能はほぼ同等と言えそうです。

 

躍動感のあるスタジアムのまとめ

それぞれのスタジアムデザインの概要を簡単に見てきました。外観デザインよりは、違いがはっきりしていたのではないかと思います。

A者は、「日本の伝統」を伝えるハイブリッド大屋根木構造の下で、アスリートの躍動感がダイレクトに体感できるスタジアムデザインを意図しています。

B者は、「大地のエネルギーが天空に向かって上昇する祝祭の場」を意図し、スタジアムデザイン全体で躍動感を表現しています。

外観デザインの「日本らしさ」と同様に、A者は、どこまでも具体的・環境的であるのに対し、B者は、抽象的・象徴的な指向があることが見てとれるのではないかと思います。個人的にはどちらの躍動感も「あり」だと思います。

 

 次に、施設の快適性を比較してみましょう。

 

地球環境に配慮した快適さ

建物では、動線や平面計画の分りやすさといった快適性もありますが、ここでは主に居住性能的、体感的な快適性で比較しています。というのは、現代の快適性は、空調で完全にコントロールされた人工的な快適性ではなく、自然の光、風、緑、水を活用した地球環境に配慮した快適性だからです。こうした理由と個人的な興味から、ここではサスティナブルな快適性を比較しています。(外構を除いた施設本体の比較としています。)

  

3.A者のサスティナブルな快適性の特徴 

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出典:JSC

A者の環境断面です。コンコースの中間は杜に面した風のテラスとなっています。A者の外観デザインを特徴づけていた部分です。

全体的には、太陽光にフィールドが熱せられて、赤線で上昇気流が表現されています。上昇気流で空気が引かれていますので、その分屋根と観客席の間から青線で風が入ってきます。こうした上昇気流の他にも季節風によってスタジアムには風が入ってきます。

地球環境とコスト削減のため、今回のプログラムでは空調がありませんので、ほぼ屋外と同等なスタジアム環境となります。夏は涼しくていいのですが、冬は寒いと思います。A者には冬の風に対する提案がありました。

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出典:JSC

ハイブリッド木造の大屋根は「風の大庇」でもあったようで、夏季と冬季の卓越風をコントロールする計画です。季節ごとの卓越風は吹いてくる方向が決まっていますので、例えば、冬季に風が吹いてくる方向の木格子の間隔(上図で斜めになった部分)を広げることで風は屋根の中を通り抜けます。夏季に風が吹いてくる方向の木格子の間隔を狭めることで風は反射しスタジアムに呼び込まれます。

どの程度有効かは、詳細な気象データに基づいたコンピューターによるシュミレーションが必要となります。

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出典:JSC

提案書のシュミレーション結果です。「追い風参考記録」などの影響を及ぼさないよう調整するそうです。

他にはコンコース下に設けられる「風のテラス」や「縁側空間」が快適性に関係した部分です。

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出典:JSC

左図の上階のテラスが「風のテラス」です。右図は「縁側空間」です。「縁側空間」には、ウォーターミストが設置され、気温と体感温度の低減が計画されています。

 

次は、B者のサスティナブルな快適性です。

 

4.B者のサスティナブルな快適性の特徴 

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 出典:JSC

B者の環境コンセプトが分る断面です。森を通り抜けた涼風がスリットを通してスタジアムに流れているイメージです。A者よりも、より外気の状態に近づけているとは言えそうです。 

B者の案は神宮の森の歴史性から発想されている部分も多いですので、少し見てみましょう。

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出典:JSC

 明治神宮 内苑-外苑の二重構造に着目したコンセプト図です。こうしたコンセプトか聖地の自然と内外に相互貫入するスタジアムが目指されています。

外壁の圧迫感を減じるという意図もありますが、こうした聖地との一体感をつくるために「壁のないスタジアム」というコンセプトを打ち出しています。 

 

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 出典:JSC

 右側の図が標準的な壁のあるスタジアムの断面模式図で、左側の図がB者の断面模式図となっています。壁をなくすことで、杜との一体感は強まり、自然風が抜けるようになります。といっても、自然風に吹きさらしというわけではなく、風環境に対して様々なケースをシュミレーションしています。特に卓越風に対しては整流板や旋回流ファンでトラックに「穏やかな旋回風」をつくる提案を行っています。

また、段床の裏に卓越風の方向に合わせた通風孔を調整・設置することで、スタジアムの最適通風を確保する計画としています。

 

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 出典:JSC

その他の快適性に関わる部分として、下段の「段床ふく射冷却」やクールダウンできる休憩室やコンコースのミストがあります。下段の段床ふく射冷却は、半透明の屋根部分の日射対策でもあるのではないかと思います。

 

サスティナブルな快適性のまとめ

利用者目線に立ちますと、施設の体感的な快適性が、施設の印象を大きく左右することもあり、このエントリーではサスティナブルな快適性を比較してみました。

施設の快適性は主観的要素も多いため、審査項目となることは少ないです。サスティナブルな快適性は、環境計画の提案として、その他いろいろな環境技術の提案項目とともに客観的に審査されます。

風の扱いの考え方の違いやそれぞれの提案の長短はありますが、両方とも自然との融合を目指したほぼ同じレベルのサスティナブルな快適性を計画しています。なにぶん生理的な判断も加わるテーマですのでそれぞれのチームの快適性や環境への考え方の違いをイメージとして把握できればいいのではないかと思います。

わりとA者、B者のデザイン案の違いがはっきりしてきたのではないでしょうか。

本日のNHKの9時のニュースでは、どちらがどちらの案なのかを特定して報道していましたが、設計者を選ぶプロポーザルではなく、チームを選ぶデザインビルドですので、A者、B者のままでもいいんですね。

 

もう少しいろいろな視点で比較できるのではないかと思います。国民のひとりとしましては維持管理が気になるところでしょうか。

 

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*1: C値というのは、競技場設計で用いられる見やすさの評価のことで、今回の要求水準書ではC値60㎜以上が求められています。端っこがかけることなく全体が見渡せるといったイメージです。数字は大きいほど優れており、VIP席ではC値120㎜以上を確保したそうです。