アーキペラゴを探して

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苦しみをなくす方法(2)

 このブログは基本的には「雑記ブログ」であるため、こうしたカテゴリーの内容を2回続けるのもどうかと思ったが、前回の内容をどうしても裏打ちしておかねばならないと思った。

 

前回の内容が頭に馴染んだことを前提で話を進める。 

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前回のエントリーでは、個人的に重要と思う内容を幾つか上げた。おそらく、これらの内容がバラバラに理解されているのではないか。これらの内容を自分の中でつなげる必要がある。そんなことは難しい……

なんと、これらの内容がひとつにまとめられた「経」があるのである。

その「経」をこのエントリーで上げようと思う。参照する本が、おそらく売っていないということもある。内容は特に説明しない。そのまま「覚える」ことが大事だと思うからだ。この「経」を長期に渡って念じることで内容は自ずから理解されるだろう。

 

2つのバリエーションがあるので、自分に馴染む方を覚えて欲しい。(「……」は繰返しのため、参照した本では省略されている)

 

 82 こはわがもの(南伝 相応部経典22、150、我所/漢訳 雑阿含経7、3、我々所)

 かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なるアナータビンディカ(給孤独)の園にましました。
その時、世尊は、比丘たちに告げて仰せられた。
「比丘たちよ、いったい、何があるによって、何を取するによって、また、何に執着するによって、<こはわが所有(もの)である、こは我である、こはわが本体である>と見るのであろうか」
「大徳よ、世尊は、まことに、我らの法の根本にまします。願わくば、そのことを説きたまえ」
「比丘たちよ、それは、色(肉体)があるによって、色を取するによって、また、色に執着するによって、<こはわが所有(もの)である、こは我である、こはわが本体である>と見るのである。
また、受(感覚)……、想(表象)……、行(意志)……、
あるいはまた、識(意識)があるによって、識(意識)を取するによって、また、識に執着するによって、<こはわが所有である、こは我である、こはわが本体である>と見るのである。
比丘たちよ、汝らはいかに思うであろうか。色は常在であろうか、無常であろうか」
「大徳よ、無常であります」
「無常であるならば、それは、苦であろうか、楽であろうか」
「大徳よ、苦であります」
「では、受は……、想は……、行は……、識は常在であろうか、無常であろうか」
「大徳よ、無常であります」
「無常であるならば、それは苦であろうか、楽であろうか」
「大徳よ、苦であります」
「無常にして苦なる、変り移ろうものを、もし取することなく、執着することなくとも、なお、<こはわが所有である、こは我である、こはわが本体である>と見るべきであろうか」
「大徳よ、そうではございません」
「比丘たちよ、そのように見て、色において厭い離れ、受において厭い離れ、想において厭い離れ、行において厭い離れ、また識において厭い離れるがよい。厭い離るれば貪りを離れる。貪りを離るれば解脱する。解脱すれば、解脱したとの自覚が生じて、<わが迷いの生涯はすでに尽きた。清浄の行はすでに成った。作すべきことはすでに弁じた。このうえは、もはや迷いの生涯を繰返すことはないであろう>と知るにいたるのである」

増谷文雄「阿含経典(二巻)」(筑摩書房)

 

83 こはわが我(南伝 相応部経典22、151、我/漢訳 雑阿含経7、12、有我)

 かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なるアナータビンディカ(給孤独)の園にましました。
その時、世尊は、比丘たちに告げて仰せられた。
「比丘たちよ、いったい、何があるによって、何を取するによって、また、何に執着するによって、<こは我である、こは世間である、死後の我はかくあらん。常恒にして永住する変易なきものがある>と、そのような見解を起すのであろうか」
「大徳よ、世尊はわれらの法の根本にまします。願わくば、そのことを説きたまえ」
「比丘たちよ、それは、色(肉体)があるによって、色を取するによって、また、色に執着するによって、<こは我である、こは世間である、死後の我はかくあらん。常恒にして永住する変易なきものがある>と、そのような見解を起すのである。
また、受(感覚)……、想(表象)……、行(意志)……、
あるいはまた、識(意識)があるにより、識(意識)を取するにより、また、識に執着するによって、<こは我である、こは世間である、死後の我はかくあらん。常恒にして永住する変易なきものがある>と、そのような見解を起すのである。
比丘たちよ、汝らはいかに思うであろうか。色は常在であろうか、無常であろうか」
「大徳よ、無常であります」
「無常であるならば、それは、苦であろうか、楽であろうか」
「大徳よ、苦であります」
「では、受は……、想は……、想は……、識は常在であろうか、無常であろうか」
「大徳よ、無常であります」
「無常であるならば、それは苦であろうか、楽であろうか」
「大徳よ、苦であります」
「無常にして苦なる、変り移ろうものを、取せず、執着せずとも、なお、<こは我である、こは世間である、死後の我はかくあらん。常恒にして永住する変易なきものがある>と、そのような見解を起すであろうか」
「大徳よ、そうではございません」
「比丘たちよ、そのように見て、色において厭い離れ、受において厭い離れ、想において厭い離れ、行において厭い離れ、また識において厭い離れるがよろしい。厭い離るれば貪りを離れる。貪りを離るれば解脱する。解脱すれば、解脱したとの自覚が生じて、<わが迷いの生涯はすでに尽きた。清浄の行はすでに成った。作すべきことはすでに弁じた。このうえは、もはや迷いの生涯を繰返すことはあらじ>と知るにいたるのである」

増谷文雄「阿含経典(二巻)」(筑摩書房)

 

同じ著者で「阿含経典」が現在も筑摩書房から出版されているので、同じ「経」が載っているかもしれない。

阿含経典〈1〉存在の法則(縁起)に関する経典群 人間の分析(五蘊)に関する経典群 (ちくま学芸文庫)

阿含経典〈1〉存在の法則(縁起)に関する経典群 人間の分析(五蘊)に関する経典群 (ちくま学芸文庫)

 

この巻は、「縁起」と「五蘊」。載っているとしたら、この巻。

 

阿含経典〈2〉人間の感官(六処)に関する経典群・実践の方法(道)に関する経典群・詩(偈)のある経典群 (ちくま学芸文庫)
 

 この巻には、「六処」と「道」。

 

阿含経典〈3〉中量の経典群/長量の経典群/大いなる死/五百人の結集 (ちくま学芸文庫)

阿含経典〈3〉中量の経典群/長量の経典群/大いなる死/五百人の結集 (ちくま学芸文庫)

 

 

引用した経の省略していないバージョンはこちらの記事。

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