施設の維持管理費は初期建築コストの何倍もかかります。建設費は氷山の一角ということです。実際、再検討にあたって行われたヤフー意識調査(コストに関するアンケート)では、維持管理に関する投票が最も多かったのは記憶に新しいところです。*1
1500億円は氷山の一角?
出典:平成17年版 建築物のライフサイクルコスト
上の図で水面から飛び出た部分が建設費になります。今回の建設費は約1500億円です。今後この施設には生涯スパンで数千億円の維持管理費がかかります。
建物の用途によって建設費(イニシャルコスト)と維持管理費(ランニングコスト)の割合は変わりますが、建物のトータルライフコストをおさえるためには、建設費をおさえるとともに維持管理費が少なくなるような設計をすることが大事です。
今回のエントリーでは、2つの案の建物維持管理の考え方について比較・検証してみました。
特に東京都民は、今後、維持管理費の一部を負担する可能性もなきにしもあらずといったところですのでしっかりおさえておきたいところではないでしょうか。
この維持管理費は、大きく分けて、修繕・更新費、管理運営費、水道光熱費があります。B案の提案書はこの分類で構成されていますので、この切り口でB案の方から見てみたいと思います。
目次
B案の維持管理費の考え方
出典:JSC
B案の維持管理費抑制策で目を引くのは、維持管理費の概算を試算していることです。
単体では分りにくいので、3つの競技場を比較してます。
一番左側が「旧計画」です。これは、ザハ・ハディド案ということでしょうか。維持管理費の総計は、50年で2,798億円かかります。一年あたりにならしますと56億円です。
中央がB案を維持管理費抑制策を行わず、公的な算定基準により算出した数字です。50年で2,157億円かかります。一年あたりは43,1億円です。
この数字をベースに、抑制策を行い差し引きした数字が一番右側になります。50年でトータル604億円の削減を行い、50年で1,553億円かかります。一年あたりは31,1億円です。旧計画の半分強におさえるというところがポイントになります。
では、604億円の内訳を見てましょう。
修繕・更新費
出典:JSC
修繕・更新費はいわゆる建築や設備機器のメンテや更新にかかるお金ですが、546億円どーんと削減しています。全体の90%です。
具体的にはどう抑制するのでしょうか?
出典:JSC
屋根、スタンド廻りの維持管理費抑制策がビジュアルに表現されています。合計で183.8億円になります。この他にもその他もろもろを合計して546億円の抑制となります。(この数字で注意したいのは標準仕様からの削減額になります。)
管理運営費
出典:JSC
管理運営費には、清掃費や植栽管理費や警備費が含まれます。ここでは25億円抑制しています。清掃費削減のポイントとなる建物メンテナンスの考え方を見てみましょう。
出典:JSC
メンテナンスのしやすさをビジュアルに表現した図です。屋根構造の中にエレベーターを着床できる計画としています。個人的に気になる点としては、屋根先端部の半透明部分のメンテナンスです。セルフクリーニングなどの仕様もありますが具体的にどうするのか12月19日に行われるヒアリングで聞かれるところではないかと思います。
水道光熱費
出典:JSC
これは、いわゆる上水、下水、ガス、電気料金です。50年で32億円の削減です。災害用の発電機を利用したピークカットや太陽光発電、次世代燃料電池、地中熱などの利用により水道光熱費を抑制しています。
以上がB案の維持管理の考え方の概要でした。
A案では、B案とは違って、目安的な数字は記載されていますが具体的な数字は記載されていません。提案書では維持管理の基本的な考え方が説明されています。
A案の維持管理費の考え方
出典:JSC
「100年続くスタジアムの実現」がA案の維持管理のコンセプトです。そのためのポイントは、「高耐久・長寿命」、「メンテナンスのし易さ」、「未利用エネルギーの活用」、「利用エリアの限定」としています。
提案書のレイアウト構成は違いますが、比較を容易にするために、B案と同じ、分類で内容を見てみましょう。
修繕・更新費
出典:JSC
B案の長寿化メニューです。主なところをチェックしてみましょう。
ハイブリッド木構造の鉄部は、溶融亜鉛めっき仕上げとしています。完成時はぴかぴかしていますが経年変化で渋いグレーになります。基本的にメンテフリーです。
屋根木材部には、高耐久性木材を採用しています。どの程度の耐久性か添付された参考資料を見てみましょう。
出典:JSC
木材には加圧注入処理(K3仕様)が施されます。加圧注入処理とは耐久性を高める薬剤を圧力をかけて比較的中まで浸透させる技術です。雨がかりのおそれのある部分にはより耐久性のあるK4仕様を使うようです。こうした処理により期待耐用年数は60年となっていますが、100年スタジアムとの整合性が気になるところです。加圧注入処理には100年をうたった仕様もあります。
上図のオレンジ色の線で囲われた軒庇の部分はユニットになっていますが、囲われた納まりのうえ、植栽も上にのっかるため、メンテナンスが気になるところです。この部分はヒアリングでも質疑が出るのではないかと思います。
いずれにしても木材なので経年変化は免れません。維持管理ではやはり不利な面があります。ただ、国は木材を積極的に打ち出していますので国民の理解しだいといったところはあるかと思います。
管理運営費
出典:JSC
屋根内部のメンテナンスには移動式メンテナンスゴンドラを設置しています。
出典:JSC
植栽の散水については、空の杜には灌水設備を設けると同時に、屋根を後退させることで雨が直接かかるような工夫をしています。建物に設けた植栽の維持管理費がどのくらいかかるかも気になるところです。
出典:JSC
軒庇の植栽は、幅約60cm、長さ約1mのユニットで更新が容易な納まりとなっています。ユニットによるフレキシビリティーと30年後のイメージとの整合性が少し気になりました。
水道光熱費
水道光熱費の抑制としては、敷地内を通過する下水本管(千駄ヶ谷線)から採熱して、芝生育成のための「地中温度制御システム」の熱源としての使用が提案されています。これによるランニングコストの低減は、空調に比べて約30%の削減とされています。
B案の屋根先端部にもガラス一体型シースルー太陽電池が設置され消費電力の削減に寄与します。こちらもメンテナンスが気になるところです。
維持管理のまとめ
B案は具体的な数字を上げていますが、これは提案書の図面を元にシュミレーションした数字ですので実際にかかる数字とは変わってきます。あくまで試算です。公的な算定基準により算出された数字から抑制策の金額を引いた数字という性格があります。また、今後設計が進むなかでも変動が想定される金額ということが留意点になります。
そうした前提があるにしても具体的な数字を出してきたところは評価されるべき点ではないかと思います。A案では具体的な数字を出していませんのが19日に行われるヒアリングで聞かれることがあるやもしれませんのでしっかりと対策を練っておきたいところです。
個人的な意見では維持管理の考え方ではB案の方が幾分はっきりしていたように思いました。A案では建物に維持管理上不利な木材や植栽を多用していることが理由にあるように思います。国の方針や地球環境への配慮と維持管理費とのバランスになります。
大切なのは、実際に「維持管理費が抑制された設計」になっているかということですので、それぞれの案の「維持管理の考え方」をしっかりと見極めたいところです。
A案とB案の技術提案書のページ
新国立競技場整備事業に関する技術提案書 | 新国立競技場 | JAPAN SPORT COU
「新国立競技場に関するご意見」
JSCのページにご意見のページがありました。アンケート形式になっています。2つの技術提案をニュートラルに見てみますと、いろいろなご意見が出てくるのではないかと思います。国民の意見を広く聞くということですので、下記リンクからどしどしご意見を送ることができます。
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