19日にA者、B者のヒアリングがあります。
通常のヒアリングでは、提出された技術提案書をもとに、それぞれがプレゼンテーションを行い、その後、審査委員会との質疑応答があります。
ヒアリング後、審査基準に基づいて採点されます。採点結果をまじえながら審査委員会で選定者が決定されます。(はやければこの段階で選定者が発表されるかもしれません。)
この選定者が、週明けの閣議決定で報告・承認され最終決定に至ります。一部報道では、採点が高いチームが必ずしも選ばれるわけではないことが示唆されています。つまり、総合的に審査されるということです。*1
最後にチェックすべきテーマは?
ユニバーサルデザインやその他細かい部分についても色々と比較したいのですが、タイムアウトです。それでも決定の約1週間前に公開されたことは英断だったと思います。
このブログでは、これまでに「日本らしさ」(その1)、「躍動感が伝わるスタジアム」、「サスティナブルな快適性」(その2)、「維持管理の考え方」(その3)というテーマで2つの案を比較レビューしてきました。
あとどうしてもおさえておきたいテーマが1点あります。それはオリンピック後の新国立競技場の施設イメージです。「ポスト五輪の視点」ですね。「コスト」についても簡単にチェックしています。
目次
1.ポスト五輪の2案の断面を比較
もっとも肝の図面であるメインスタンド断面図を見てみましょう。ポイントは8万人収容への座席の増設方法です。
はっきりと決まっていないことだと思いますが、競技場の利用形態について、A案とB案でも違いが出ています。
A案メインスタンド断面図
出典:JSC
A案の断面図です。ポスト五輪後の座席の被せ(オーバーレイ)は屋根先端ラインまでとなっています。第1レーンからトラックレールカメラまでの距離は5.5mあり、その手前まで座席を増設する計画です。
B案メインスタンド断面図
出典:JSC
B案の断面図です。こちらも屋根先端ラインまで座席をオーバーレイする計画です。A案と違って下段スタンドに大きく座席を被せます。位置的には、芝生フィールドから14.8mの距離まで張り出す計画です。
ポスト五輪のメインスタンド断面まとめ
A案の断面図とB案の断面図のスケールは同じとし、走路(第1レーン~第9レーン)の位置を合せていますので、上下の図を見較べることで違いが分るのではないかと思います。
芝生フィールドは走路の内側にありますので、サッカー競技に限ったことを言えば、B案のスタンドの方が芝生フィールドに近いとは言えます。B案の屋根はA案の屋根に比べて内側に張り出しています。
座席改修工事のヴォリュームはA案の方が大きくなります。
増設部分の床角度はA案が11度でB案が20度です。一般に角度がきつい方が見やすいとされています。
ポスト五輪の断面図から伺えますのは、A案のポスト五輪は、陸上も含めた多目的志向のイメージであるのに対し、B案のポスト五輪はサッカーやラグビーを重視したイメージになっているという違いがあります。
これは「臨場感を伝えるスタジアム」のエントリーで見ましたように、スタジアムに対する考え方の違いがあらわれてきているように感じました。判断が分かれるポイントだと思います。*2
7人の審査員の見識が試される
この問題に限って言えば、多目的ホールをつくるのかコンサートホール(もしくはオペラハウス)をつくるのかの問題に似ています。行政や市民は多目的ホールの建設を望み、愛好家や専門家は専用ホールをつくることを望む傾向があります。そこで審査員が本当に必要なホールは何かのジャッジを行うわけです。国立の施設であるだけに、いろいろな巷の意見に流されることなく、国にとって本当に必要な施設は何かを判断できる審査員の見識が試されるところではあります。*3
ここで、このメインスタンドに関わる部分のコストも簡単にチェックしてみましょう。技術提案書にはコスト縮減策も書かれていますが、具体的な金額だけを比較しています。
メインスタンド断面に関わるコスト比較
観客席を除いたメインの躯体と内外装の建築工事で比較します。
構成要素としては、柱とか梁といった「構造躯体」と「屋根」と「外部内部仕上」の3つになります。
【A案のメインスタンドコスト】
- 構造躯体---------295億
- 屋根-------------- 186億
- 外部内部仕上---243億
- 合計---------------724億
【B案のメインスタンドコスト】
- 構造躯体---------243億
- 屋根---------------179億
- 外部内部仕上---116億
- 合計---------------538億
メインスタジアム本体はB案の方が、A案の方より、186億円安く出来ています。
B案はコンコース側の壁や地下躯体を減らすことで躯体を削減し、A案は木を使っていることで外部内部仕上が増えていることが理由と考えれらます。
トータルで見ますと、A案は1489億円、B案は1496億円です。いろいろな項目でプラマイはありますが、気になった違いとしては、仮設費などの共通費が、A案が178億円、B案が292億円で、B案の方が114億円高くなっています。(企業努力もあるのかもしれませんが、積算の専門家の見解が待たれるところではないかと思います。)
事業費の縮減は、審査の評価点としては140満点中30点になります。審査基準では、トータル金額の評価もされますが、内容の確実性も評価されます。
次に、それぞれの案のポスト五輪の特徴を見てましょう。
2.A案のポスト五輪の特徴
維持管理費抑制で記述されていた内容ですがこちらで取り上げてみました。
イベント規模に応じた部分使用が可能な計画
出典:JSC
イベントごとに想定席数を計算した結果、約90%のイベントを1層スタンドだけで運営可能となり、維持管理費を削減できるとしています。つまり、ほとんどのイベント時では2層、3層のコンコースの照明を消しておくことができます。
出典:JSC
平面形でも利用人員に応じで分割して使用できます。こうした使用エリアの限定も維持管理費の削減につながります。
ランドスケープを含めたイメージです。
市民に開かれた新しいスポーツクラスターの視点
出典:JSC
「大地の杜」とつながる1階コンコースや競技フィールド、「空の杜」となる5階を開放し、誰もが気軽に散策やスポーツを楽しめる健康増進の場を提供するとしています。
(一番上の屋根裏は、耐久性を考慮したアルミルーバーです。おそらく木調のアルミルーバーになると思います。全体を木造と誤解されている方も多いようですが、屋根のハイブリッド木構造を除いて、外装には木製ユニットが取りつけられています。)
出典:JSC
「空の杜」へは外階段をつけていますので中に入らずに単独でアクセスできます。
この外階段はいいですね。普通はファサードに余計なものをつけるのはデザイン的に嫌なもんなんですけどコンセプトを優先しためらわず外階段をつけています。「負ける建築」の真骨頂です。
出典:JSC
ランドスケープは、「深緑の杜」と「大樹の里」と「水辺の里庭」の3つのゾーンに分けています。外苑の緑と一体となり、自然や水辺に親しめる人々の広場を創出する計画です。
次はB案のポスト五輪の特徴です。
3.B案のポスト五輪の特徴
収容人員ごとの使用イメージです。
出典:JSC
来客人員ごとの使用エリアイメージです。右側の図では独立して使用できる駐車場の範囲を示しています。
ランドスケープを含めたイメージです。
生物多様性を育む大地に根ざした杜
さくら広場です。「生物多様性を育む大地に根ざした杜」を創り、競技場の周囲に「四季の回廊」をぐるりとめぐらす計画です。
出典:JSC
B案のランドスケープは多様性の森をつくります。上図には、各方位に応じて、「お花見」「正月」「七夕」「ひな祭り」「田植え」「収穫祭」「体育の日」「歳の市」「節分」「お月見」「夕涼み」などの日本の良きイベントが書きこまれています。建物の「72本の柱」と「二十四節気」の季節観とリンクしています。
この競技場の72本の柱が日本の歳時記を象徴するイベントカレンダーにもなるわけです。
この辺りの日本の空間の奥義に至るような関係性は今回のデザイン案の中でも最もビューティフルな提案ではないかと思います。今までの伊藤豊雄氏の建築と比べても次元違いに美しい、日本の空間の精神性が感じられる建築表現です。
(こうしたある意味土着性と高い精神性が融合したコンセプトが読みこまれずに、スピリチャル・オンリーみたいな理解のされ方は残念なものがあります。)
出典:JSC
四季の回廊は外苑の杜や提案と連続する散策路やこどもの森とのネットワークの中心となり、人々の健康増進に役立てます。
出典:JSC
また、四季の回廊とコンコースはイベントに多用される外苑広場と連動して展示場・ギャラリー空間としても活用できます。
ご意見がある場合は次のリンクから送ることができます。
メディアが街中で、2つの外観デザインを見せて、どちらがいいか意見を聞いたりしています。人気タレントを街頭で聞くテンプレとまったく同じでした。
どうなんだろうという気もしますが、一部の方をのぞいて建築関係者から、この2案についての積極的な説明が少ないのも原因があるのではないかと思いました。
さて、どちらの案に決まりますでしょうか。
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新国立関連記事
*1:「現在、ホームページで国民から募っているアンケートは「理事長の判断の際の材料になる」(池田理事)。採点で合計点が上回った案が選ばれない可能性もあるという。」新国立、国民の声もHPで募る : スポーツ報知
*2: 選定後、仮に設計改善という名目で、A案をB案のスタンド位置に近づける場合は屋根とスタンドヴォリュームが増えますので増額傾向となります。ただ、コストは企業努力で吸収する必要があるのではないかと思います。B案をA案のスタンド位置に近づける場合は反対に屋根とスタンドヴォリュームが減りますので減額傾向となります。設計変更としてかなり難しい作業はA案になります。