9月7日、ザハ・ハディド氏が再び新国立競技場の公募に参加するニュースがありました。
新国立競技場:ザハ氏再び公募に参加 設計会社と合意 - 毎日新聞
あれだけの騒動でしたので、再チャレンジするというザハさんの不屈の闘志に驚愕しました。
I’ll be back
さて、再び勝てるのでしょうか?
ザハにとってのプラス要因、マイナス要因を分析し、ザハ・ハディドがリベンジ(再勝利)するための戦略を考えてみました。
目次
まずは、プラス要因の分析から。
A.ザハにとってプラス要因の分析
1.業界のガリバー日建設計のバックアップ
今回、ザハ氏は日本最大の設計事務所である日建設計とチームを組みます。*1
日建設計はザハ案の基本・実施設計チームの一員でありましたし、名目ともに
日本を代表する組織設計事務所ですので、ザハにとってはベストのパートナーです。
その日建設計にはどのような作品があるのでしょう?
日建設計の代表作品ってどんなの?
たくさんあるので迷いますが、五つ紹介します。東京、名古屋、京都、大阪で
一番はじめに思い浮かんだものにしました。それと最新作品です。
東京スカイツリー(東京)
出典:http://www.nikken.co.jp/ja/skytree/concept/concept_01.php
現在の日本を代表する建築物です。
次のリンクは日建設計のスカイツリーのページです。コンセプトや構造技術が紹介されています。コンセプトは「時空を超えたランドスケープ」。新国立競技場も時空を超えたスタジアムを目指してほしいものです。
スカイツリーには日本の伝統文化に見られる「そり」と「むくり」という形状も使われていますので、新国立競技場案でも見られるかもしれません。
モード学園 スパイラルタワーズ(名古屋)
出典:http://www.nikken.co.jp/ja/projects/N030005.html
これは名古屋駅からでも北側方向に見えますね。モード学園にぴったりなデザインだと思います。設計も施工も技術的にはたいへんな仕事だったと思います。こうした造形を実現できる日建設計の能力はザハ・ハディドのデザインにも協力なバックアップとなるでしょう。
モード学園スパイラルタワーズ 時代の接点に立つ建築 [設計者は語る]|日建設計
作品紹介ページ
京都迎賓館(京都)
出典:http://www.nikken.co.jp/ja/projects/N960098.html
現代に生きる京都の匠の技が存分に活かされた建築です。内部を実際に見たことはありませんが。国賓を迎える迎賓館なので完成させるまでにすごいプレッシャーあっただろうと思います。
今回の新国立競技場でも外国の要人をお迎えするVIPスペースがありますので、日本の伝統の技も充分に活かされるだろうと思います。
作品紹介ページ
中之島フェスティバルタワー(大阪)
出典:http://www.nikken.co.jp/ja/archives/00007.html
旧フェスティバルホールや朝日新聞本社ビルの建替えです。道路を挟んで両側に同じデザインがのビルが建つ計画ですが、現在フェスティバルホールの入る片側の棟だけ完成しています。
個人的には中之島の雰囲気が壊れるのが嫌だったんですが、低層部のレトロなデザインを「図」にして、高層のビル部分を「地」にしたのが成功したのか、建物のヴォリューム感を別にすれば、中之島ブルーの雰囲気を保てています。新国立競技場でも神宮外苑の雰囲気を損なわない設計をすることが期待されます。
作品紹介ページ
読売新聞ビル(東京)
出典:http://www.nikken.co.jp/ja/archives/ndvukb000002imt2.html
大手町にある読売新聞のビルです。中之島フェスティバルタワーと同じように低層部と高層部がはっきりと分かれています。新国立競技場のデザインでも、低層部と上部を分けて、上部を「地」になるようなデザインにすると、地域景観への調和は図られるのかもしれません。そうした堅実な手法ではザハさんは満足しないとは思いますが。
外壁のディテールです。和モダンを感じさせるデザインテイストです。
作品紹介ページ
日建設計は建築関連の賞もたくさん受賞しています。
日建設計公式ページです。
社会環境デザインの先端を拓く専門家集団:日建設計 | 日建設計
チームリーダーであるザハ・ハディド氏の建築デザインはこちらのページで紹介しています。
ザハ・ハディドの建築デザインってどんなの? / 脱構築20選
2.応募期間の短さ
次のページが公募の要綱や応募条件の資料があるページです。
入札・公募情報 | 調達情報 | JAPAN SPORT COUNCIL
その中でこれが今回のプロポーザルの説明書です。
この説明書を見ますと、技術提案書の締切りは11月16日となっています。残り期間は約二ヶ月です。この期間に提出資料を作成しなくてはいけません。
技術提案書作成要領 から提出物を確認しますと次のリンクのように図面のほか技術提案書など大量にあります。
この短い期間でこれだけの大量の提案資料を作成するわけですから、設計条件が変わったとは言え、一度設計を終わらしているザハと日建設計チームにはかなり有利に働きます。
「敷地条件など膨大な協議を積み重ねてきた知見と経験を活用したい」
3.ザハ応援団のバックアップ
白紙化前はあまり目立たなかったんですが、最近ではザハを応援する建築実務家も登場してきているようです。
一部ネットはザハに好意的?
少し前に、ハフィントンポストのザハを支持する内容のニュースがありました。シェアされた数からかなり多くの人に読まれたと推定されます。
はてなブックマークコメントも概ね理解を示すものでした。
建築設計三会のバックアップ?
もともと建築設計の実務家団体は、ザハ案は見直しても、元設計チームは再登用することを提言していたんですね。白紙化されたのは8月7日ですが、7月18日に建築実務家団体である日本建築家協会(JIA)の提言です。
「ザハ案は白紙に」、芦原JIA会長が新国立で提言 :日本経済新聞
また、こうした建築設計事務所の実務家団体には、日本建築家協会(JIA)の他に、日本建築士会連合会、日本建築士事務所協会連合会といった団体があるんですが、この建築設計三会は、首相の白紙化宣言を受けて、7月24日に関係閣僚会議に提言を行っています。
内容的には、白紙化に歓迎の意思表明をしているものの、ここでも元設計チームの再召集を提言しています。結果的には、この提言は完全に却下されて、デザイン・ビルド方式になってしまったということはあるのですが……。
建築設計三会は新国立競技場整備計画再検討にあたっての提言を提出します | 一般社団法人 日本建築士事務所協会連合会
JIAの提言にも建築三会の提言にも、いずれにも、ザハ・ハディド氏の名前は明記されていません。
官邸に配慮したものなのか、槙文彦氏に配慮したものなのか良くわかりませんが、この辺りのショー・ザ・フラッグが職能団体としては少し弱かったかなと個人的には思います。
これだけのメリットがありますので、再勝利を目指すザハさんがかなり有利にも思えてきました。
今回も楽勝でしょうか? どうなんでしょうか。次はマイナス要因の分析です。
B.ザハにとってマイナス要因の分析
1.マイナスイメージの重圧
過熱した報道で、ザハ・ハディド氏にも間接的に悪いイメージが醸成されてしまいました。ワイドショーでも専門的な内容であるキールアーチがやり玉にあげられていたほどです。数日前には、違う施設の建設をめぐっての話ですが、第2のキールアーチがー!みたいな記事もありましたので、やはり良くない印象なのでしょう。
第2のキールアーチだ…公明党内に「撤回」の声 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
ニュースメディアもこれまでに検証記事をたくさん出しており、ちらっと読んだだけで、「うっ」となってしまいます。
8月7日の毎日新聞の検証記事です。毎日らしい濃い記事です。善場さんと岸井さんのスリリングなかけあいが期待されます。
各社の報道スタンスがまとめられた記事です。
【新国立競技場】朝日が見直し論リード、遅かった読産の路線転換ー在京6紙社説検証(楊井人文) - 個人 - Yahoo!ニュース
朝日新聞が見直し論をリードしたということです。朝日のトピックスサイトです。これまでの記事を読んでザハ・ハディドに好印象を持つ人はいないと思います。
2.アンケート調査の影響
新国立の再検討を行うにあたり、政府は8月4日から8月18日まで広く意見を募集していました。このアンケート結果が見直し計画に大きく反映されています。
もう終了しましたがアンケート調査へのリンク先です。
新国立競技場のアンケート調査【ご意見募集中】/ 問題点と回答のポイント
次のリンクは、関係閣僚会議で使われたヤフーのアンケート結果です。
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20150814/shiryo3.pdf
このアンケートの注目すべき結果としては「優れたデザイン、シンボル性・ランドマーク性」という選択項目が最下位だったんです。130,212票のうちデザインに投じられたのは6,917票。わずか5.3%です。
出典:http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/domestic/18142/result
つまり、デザイン優先の建物は必要ないという民意が示されわけです。だから、デザインを主張しても民意と違うということで退けられる可能性があるんですね。
実際、朝日新聞は9月1日に再公募を報じる記事で「工期・コスト優先で選定」とデザインで選ばれることに釘を刺すような書き方をしています。民意を大事にする報道機関なので。
新国立、事業者公募を開始 工期・コスト優先で選定:朝日新聞デジタル
3.気になるライバルたち
ザハチームがどこの施工会社と組むかまだ未定ですので、施工業者については、なんとも言えませんが、建築家、設計事務所に限ってみますと、一番こわいのは槇文彦氏です。しかし、新国立競技場の設計には参加しないことを早くから明言しています。お弟子さん筋の参加が期待されます。
ザハ氏にとっては、前回のデザインコンクールで一度勝利した相手であるものの、伊藤豊雄氏、SANAAはこわいところでしょう。応募条件がデザイン重視になったために、参加しないかもしれませんが。
参加したら強敵な人たち(私選)
前回のデザインコンクールに提出した建築家から。
伊藤豊雄氏
仙台メディアテークが有名です。
出典:http://www.toyo-ito.co.jp/WWW/index/index_j.html
杜の都に融合した透明感ある建築です。すごくきれいな施設ですので機会がある方は見るのをおすすめします。
公式サイト
SANAA
金沢21世紀美術館が有名です。
妹島和世氏と西沢立衛氏による建築家ユニットです。前回の新国立競技場では日建設計と組んで参加しました。金沢の街の雰囲気を変えました。
公式サイト
Kazuyo Sejima + Ryue Nishizawa /
あの超強敵がアップをはじめた?
8日には、隈研吾氏がアップをはじめたという記事がありました。この記事のタイトルがすごいです。
隈研吾氏
お茶の間でも人気が出そうなタイプの建築家です。和の大家です。全身からやる気がみなぎっています。
出典:http://japanese.joins.com/article/455/171455.html
隅健吾氏は前回参加していませんので、代表作を幾つか紹介します。
那珂川町馬頭広重美術館
この作品には衝撃を受けました。木ルーバー、ガラス、鉄だけで「日本らしさ」が限りなくシンプルに表現されています。
ディテールです。洗練されています。今ではこうした感覚の建物はそこら中にありますが、この建物が開館した2000年にはほとんどなかったなかったように思います。隅健吾氏がこうしたデザインの源流なんですね。
ザ・キャピトルホテル 東急
ザ・キャピトルホテル 東急 | 東京都心のホテル・千代田区永田町・赤坂・六本木
根津美術館
など多数あります。いずれも「日本らしさ」を感じさせる建築作品です。
公式サイト
kengo kuma and associates | 隈研吾建築都市設計事務所
白紙後、朝日新聞のインタビューにも答えています。
白紙に戻った新国立、設計者どう選ぶ? 隈研吾氏に聞く:朝日新聞デジタル
もうひとり警戒すべきライバルは、スタジアム専門事務所であるPOPULOUS(ポピュラス)でしょうか。ポピュラスのスタジアム建築の作品紹介ページを見るとその理由が分かります。ものすごく経験が多いんですね。
こうしたマイナス要因があって、ザハさんは公募で再勝利できるのでしょうか? そこで、かなりおせっかいではありますが、ザハチームが公募でしっかりとリベンジできる戦略を考えてみました。
C.ザハがリベンジするための戦略
アンケートの結果を尊重しろ
またデザインに偏った案を提出しますと、民意と違うということで反発される可能性があります。アンケートやアスリートへのヒアリング結果を良く分析して、総合性で戦えということです。
審査ではデザインよりもコストや工期などが重視されるが、同社(日建設計)は「工期とコストを考慮した提案に加えて、優れた建築計画・デザインも必要」としている。ザハ氏は「確実に五輪に間に合い、最も費用対効果のあるプランを作れる」などとコメントを寄せた。
これは朝日の記事の引用ですが、朝日はやる気まんまんです。ハフィントン・ポストとの報道スタンスが気になるところでしょうか。
日本オリジナルをデザインしろ
応募で求められているテーマのひとつに「日本らしさに配慮した計画」というのがあります。具体的には次の二点です。
○日本の伝統的文化を現代の技術によって新しい形として表現する方策
○日本の気候・風土、伝統を踏まえた木材利用の方策
アンケート結果では、得票数の14.5%とそれほど多い得票数ではなかったのですが、アンケート結果として、なぜかフューチャーされている内容です。デザイン重視が否定されたために、「日本らしさ」という建前でデザインしてねということです。うまい落とし所です。あまり大きな声で言えませんが、デザインがしょうもない建物をつくってもしょうがないんですね。
ザハさんが注意すべき点としては、この「日本らしさ」は、隈研吾氏の最も得意とするところなんですね。ここにどう立ち向かうかが勝負のポイントのひとつです。
求められている課題は、万国博覧会のパビリオンでもつくるのかといったお堅い内容ですが、もう少しクールジャパンらしいライトな感覚があってもいいのではないかと思いました。
また、昨今のエンブレム問題で、国民のデザイン分野に対する疑惑が混沌と渦巻いている状況ですので、この渾然とした空気感を分析し、日本のデザイン分野にひと筋の光明を指し示すようなありきたりでないデザインが勝利して欲しいと思います。
来日して好感度を高めろ
プレゼン動画が発表されたりして、ネット的にはプレゼンスを示しているんですが、一般というかお茶の間的には、ザハさんの人となりが分かりません。よって、一度、来日するといいでしょう。政治家や建築関係者とあってこれまでの経緯をアピールするよりも、京都の禅寺で坐禅を体験しながら、提案の構想を練っているような絵が好感度が得られるでしょう。
勝てる気をなくして、不戦勝を狙え
ザハ事務所が発表したプレゼン動画は他チームの参加の意欲を充分にそぐものでした。このペースでザハチームがプレゼンし続けると他チームはやる気がそがれて参加しない可能性があります。応募への参加表明は9月18日までです。
ザハチームのプレゼン動画を見てない方はぜひ見てみましょう。景観に配慮したサドル型スタジアムなど一般に報じられることのなかったたくさんのアイデアが説明されています。
ビデオプレゼンテーションとレポート―新国立競技場 東京 日本 on Vimeo
しかし、参加者同士の才能とアイデアと技術と総合力のしのぎをけずった真剣勝負の戦いを見てみたいところがありますので、個人的には、たくさんの強豪チームの参加を期待しております。
*
なにはともあれ、エンブレムの問題があれだけこじれてしまいましたので、今度の新国立競技場の公募では、透明性の高い、フェアでクリアーな審査プロセスを期待したいと思います。
(追記)9月18日、なんと、ザハ氏が公募への参加を断念しました。組むゼネコンが見つからなかったようです。業界のガリバー日建設計をしてもゼネコンが見つからないとは。予想外の結果でした。
【新国立競技場】ザハ・ハディド氏「失望しています」コンペ参加断念を正式発表
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*1: ザハ・ハディド氏とパートナーシップを組む日建設計のプレスリリースです。http://www.nikken.co.jp/ja/news/ndvukb000002tmt9-att/HP150907_J.pdf