リーバイス・ビンテージ・クロージング(以下、LVC)の歴史は、個人的なエクスペリエンスからはざっくりと3つの時期にわかれるんじゃないかと思う。もちろん個人的な見方だ。
LVCの3つの時期に対応する製品を左から並べてみた。
第1期は1987年頃の黎明期。第2期は1990年代後半から2000年代初頭の勃興期。そして第3期は現在までの確立期だ。
2017年12月末にコーンミルズ社のホワイトオーク工場が閉鎖されたために、伝統的なアメリカ製デニム生地は終了した。まもなく第4の時代がはじまるだろう。
このエントリーでは、3つの時期のLVCの復刻品をざっくりとレビューしてみたい。アジアの辺境で、リーバイス・ビンテージ・クロージングの萌芽が芽生えてから約30年後になる。
目次
LVC黎明期の502レビュー(1986年~1990年代後半)
これが最初に買ったリーバイスの復刻品。
リーバイス502(日本製)
1986年に発売された復刻モデルの502。2本あるのは、同じ初期型のモデルを2本買ったからだ。502復刻初期型を2本履いたユーザーはあんまりいないと思う。(1987年だったかもしれない)
2本それなりに履きこんだわけだが、とにかく丈夫な生地だった。
色落ちは気にせずに、普通に蛍光増白剤のたっぷり入ったアタックやザブでがんがん洗濯した。それでも白くならずにこれだけブルーが残っている。
30年経った現在でもたまに履いたりする。黒のM-65にあわせるとかっこいいのだ。なんとなく履きつぶすのがためらわれたのだ。
この502はヴィンテージの復刻というよりも、ヴィンテージに見られたしっかりしたものづくりを復刻したような感じだった。そうした意味では、ワークウェアとしてこれ以上しっかりしたジーパンに以後お目にかかったことはない。
2本を履きこんでいくなかで、レプリカとしての課題も見えていた。
セルビッジ生地特有のサイドの当たりが出ないのだ。防縮加工された生地だから出にくいということはあるが、シングルステッチで裾上げされた裾でも写真のように当たりがついているので、原因は他のところにあったのだ。
ひっくり返すと原因はすぐにわかる。
上が1本目の502で、下が2本目の502。1本目でわかるように、赤耳が開いていないのだ。この502は、ワンウォッシュの製品だったと思うが、リジッドを洗う時に、縫製したままの状態でウォッシュしてしまった感じなのだ。
2本目で、不完全ながら赤耳が開いているのは、購入したあとすぐにアイロンで赤耳が開くようプレスしたからだ。それでも、最初についた癖は三つ子の魂百までみたいなところがあり、開いてもすぐに閉じてしまうのだった。それで定期的にアイロンでプレスした。それでもサイドの当たりはつかなかった。
LVC黎明期らしいエピソードと言えるだろう。
ホワイトオーク工場の現行品のリジッドと並べてみるとはっきりする。
リジッドの状態で、赤耳が開くようにプレスしているのだ。この工程が極めて大事だ。当時の製造ラインでは、この1工程をはさむことが難しかったのかもしれない。
パッチも見てみよう。
パッチには502XXとなっている。もしかしたら502と書いた方がよかったのかもしれない。ジッパーはタロンだったり隠しリベットもあったりするが、ディテールが違っているところもある。しかし、1987年の502は復刻という評価は抜きにすれば、いいジーンズであったと言える。初期のジーンズが理想としたような頑丈なつくりだ。
このレプリカを買うと、説明書きのついたカードがついていて、ビンテージを復刻するコンセプトがうまく書かれていた。このコンセプトが、現在まで続くリーバイス・ビンテージ・クロージングの歴史を決定づけたといっていいだろうと思う。
ビンテージ・リーバイスのコンセプト
ビンテージ・ブルー・リーバイスと書かれている。
この説明書きでは、リーバイス・ビンテージ・クロージングではなく、ビンテージ・リーバイスと書かれている。
黎明期のレプリカの市場価値は低いとされ、こうした資料はネットにアップされていないかもしれないので拡大してアップしておこう。
左半分には、ビンテージ・リーバイスの黎明期は幻の品番を再現するコンセプトだったことが書かれている。
右半分には、色々とこだわってつくられていることが書かれているが、最後の一、二行が決まっていた。
これらの特徴は、効率とか生産性といった現代的合理精神からは逆行しているとさえいえるものですが、古き良き時代のリーバイスの物作りの精神(スピリット)を最優先させるというコンセプトのもと、あえて採用されたのです。
ジーンズがジーンズであった時代へのロマネスク、ハンドメイド感覚のビンテージ・リーバイスをじっくりとお楽しみください。
他社の秀逸すぎるレプリカが出現
1980年後半、大阪のアメリカ村に古着のチェックに出かけた。三角公園の横にエルパソという喫茶店があり、ミートスパゲティを食べた。
ジャストサイズのダブルエックスは、当時も高価であり、玉数も少なかった。だから、復刻品やレプリカに手を出すのは当然の流れだった。そんな時にビンテージ・リーバイスが登場した。
ビッグE(タイプ物)が手の届く範囲であり、入手してもあんまり酷使してはいけないので、普段はいわゆるスモールeの赤耳ユーズドと復刻品の502を履いていた。
そのうちに、ダブルエックスのような色落ちをするレプリカがあるという話がいやでも耳に入るようになった。当時は、ビンテージに関係なく501と書いてあるだけで喜んでしまうリーバイス主義者だったので、買うことはなかった。
しかし、店頭でドゥニームを見たときにどうしても試してみたくなった。だから、リーバイス以外のレプリカで買ったのは、ドゥニーム1本である。
普通に少し履いただけで、ヴィンテージ・ジーンズのように色落ちした。サイドの当たりも501のように出ている。生地はぶ厚くずしっと重い。洗濯で縮むので、ロールアップ時の後も残っている。
ポケットに財布を入れていたので、尻の右側だけ白くなった。ひざ裏のはちの巣もできている。普通に履いただけでこうした色落ちになるので人気は高かったと思う。
ドゥニームのレプリカとしてのレベルに考え込んでしまうものがあった。
問題は、このジーンズがリーバイスでないことだけだった。
それにリーバイスのレプリカがどうしてビンテージのようにならないのかと考える楽しさもあった。レプリカにビンテージそのものを求めているわけではないことに気づいたのもこの頃だ。それは501の古着を探した時と同じベクトルだった。ひとことで言ってしまうと、「物作りの精神(スピリット)」に通じるわくわくした感じとか楽しさということなんだろう。
しばらくは、新しいジーンズを買うのはやめて、リーバイス・ビンテージ・クロージングの製品開発を待つことにした。
1990年代後半に、アジアの周縁で産声をあげたリーバイスの復刻品は、正式にリーバイス・ビンテージ・クロージングとしてブランド化された。
LVC勃興期の501レビュー(1990年代後半~2000年代初頭)
秀逸なレプリカが出現するのを横目に、リーバイスストアは1年に1回程度はチェックしていたと思う。ドゥニームのショップには、次々と履きこんだモデルが飾られ、それをこっそりチェックしに行った。スゲー色落ちしてるなと思いつつ、ブルージーンズは買わずに、アロハシャツと501シルエットのホワイトデニムばかりを買った。
そうこうするうちに、これはと思う復刻品がリーバイスの店頭に並びはじめた。これはというモデルを買った。
リーバイス501(1955年モデル 日本製)
501の1955年モデルである。このモデルを履きこんでみることにした。
ビンテージとは言わないが、これはもうリーバイスの古着そのものだった。古着ぽかったのでオーバーサイズを買ってベルトで履くことにした。2シーズンぐらいアジアを放浪するとかなりダメージを受けてこんな状態になった。アジアの湿度とスコールで裾のダメージはひどかったのでほぼ履きつぶした段階でカットした。
このジーンズはかなり気にいっていて、何度もリペアした。それは裏返してみるとよくわかる。
ひざと股のあたりが何度も破けたので、新品のレプリカのリペアとは思えない状態になった。自分でリペアしたところもありあまりきれいなリペアでもない。
なぜ、このレプリカがユーズドのレベルに到達していたのかは、実際のユーズドと比べてみることでわかる。
左がレプリカで、右が1970年代中頃のスモールeになった頃の501。
ぱっと見ではほとんど見わけがつかない。LVCは履きこむことで古着っぽくなるレベルには到達していた。
このレプリカはさすがに蛍光増白剤の洗剤では洗わなかった。それでもこれだけ白くなっているので、ファーストモデルの502がジーパンとしてかなりしっかりとつくりこまれた製品であったことがわかる。ダブルエックスやビッグEも同様に洗剤で洗ってもブルーがしっかり残っている古着がある。そうした意味ではまだ進化の余地があった。
ちなみ1955年モデルと1974年のユーズドのシルエットを比べてみよう。
下が1955年モデルで、上が1974年のユーズド。1955年モデルは、裾にかけてのテーパーがゆるめでありボックスに近いシルエットになっている。
色の抜けたオーバーサイズの501は、U2のエッジがアルバム「ヨシュア・ツリー」の頃に履いたイメージが印象に残った。
これは1987年の写真。リーバイスの日本支社がアジアの周縁で最初のレプリカをつくったのと同じ年。
しばらくして、もう1本レプリカを買った。いわゆる大戦モデルだ。
リーバイス501(1944年モデル 日本製)
大戦モデルなので、シルエットは細い。
もともとビンテージ加工がしてあったとは言え、色落ちを気にせず普通に履いてビンテージのようなヒゲや色落ちをした。
これも裾がだいぶいたんだので、かなり履きこんでから裾をカットした。
ひざ裏にハチの巣もほんのりできている。
これらはジャパン・メイドではあるが、リーバイス・ビンテージ・クロージングがいろいろな実験をして、技術的にいろんなことが可能になっていることがわかった。
そして2003年に、リーバイスの最後のアメリカ国内のバレンシア工場が閉鎖された。
しかしダブルエックスデニムをつくったコーンミルズ社のホワイトオーク工場は稼働しており、メイド・イン・USAとしてリーバイス・ビンテージ・クロージングはプレミアム化された。縫製はテキサスのエルパソ工場。
LVC確立期の501レビュー(2000年代初頭~現在)
現在のリーバイス・ビンテージ・クロージングの製品は正確にはレビューできない。ひとつも履いていないからだ。現行品の501は履いているが、それは今風の履きやすいつくりだ。リーバイスはその時代にあった501をつくりつくっている。現在501はワークウェアとして履かれる環境がメインではないからだ。
2017年末、伝統あるコーンミルズ社のホワイトオーク工場が閉鎖され、正統なUSA製デニム生地の歴史は終焉した。今の関心は、正統的なコーンデニムの最後の製品ということになる。現在の復刻品が、どんな色落ちをするのかはそれほど関心はないので、しばらくはリジッドの糊を落とすことはないだろう。
まだ生産した生地が残っているだろうから、しばらくは購入できると思うが、おそかれはやかれなくなるだろう。
第4期は、生産国にこだわらないリーバイス・ビンテージ・クロージングになるだろう。それがどんなものなのかは今の段階ではわからない。
リーバイス501(1966モデル USA製)
タイプ物が出る1年前くらいのモデル。ダブルエックス以後のいわゆるダブルネーム。
一部、サイズは品切れだが、足が長ければL34のレングスが履けるだろう。平均的な足の長さであればL32のレングス。L34の古着でかなり縮んでいるのもあるのでどのくらい縮むかは履き方や洗い方やその製品によるところはある。
501(R)1966モデル-リジッド/14.2oz/CONE DENIM/MADE IN USA
1955年モデルのL34は比較的残っている。
501XX 1955モデル-リジッド/12.52oz/CONE DENIM WITE OAK
TYPE Iトラッカージャケット(1936年モデル USA製)
1936年モデルのファースト。上物に手を出す金額的余裕は、これまでなかったのだが、最後のコーンデニムなので、Gジャンも買ってみた。
リーバイスストアでは、ファーストのサイズは現在XSしか残っていないが、おそらく洗わないので、XSでも着れる。ジャストサイズで着るならば、実際にはSとMの中間ぐらいのサイズだろう。このファーストのレプリカもおそかれはやかれなくなるだろう。
1936モデル/TYPE Iトラッカージャケット/リジッド/CONE DENIM/MADE IN USA/12oz
セカンドはXS以外は残っている。
1936モデル/TYPE Iトラッカージャケット/リジッド/CONE DENIM/MADE IN USA/12oz
リーバイス501ZXX(1954年モデル USA製)
このモデルは501のジッパー版で、やがて型番は502になる。
LEVI'S(R) VINTAGE CLOTHING 1954モデル/501ZXX/リジッド
(リジッドの場合、リンク先でカラーはRigidを選択)
1987年発売の502と同じモデルの復刻品ということで、30年経って、ひとまわりしたことになる。防縮加工の生地は、シュリンク・トゥ・フィットになった。縮んでジッパーに不具合が出てもいいんじゃないかと個人的には思う。1987年にジッパーフライでシュリンク・トゥ・フィットをやっていたら、LVCの歴史はなかったかもしれない。伝説にはなっただろうと思う。
この501ZXXは履いていないが、30年前の502がこうした形になったとは言えると思う。
記憶をもとに書きなぐっているので、年代や知識等で正確でない部分はあるかもしれない。
現在を成熟期としなかったのは、クオリティにまだまだつくりこめる余地があるからではないかと思うからだ。そうした製品が出た時がLVCの成熟期となるだろうと思う。
(追記:ホワイトオーク閉鎖後のリーバイスのセルビッジ生地は、カイハラが受けるという話がある。それが出た時、LVCは次のステージに移るのだろう。)
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