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村上春樹「女のいない男たち」の面白さ

 『女のいない男たち』 一年前に発売された村上春樹の本。

発売された時、この引っかかりあるタイトルはなに? と正直思いました。なんとなくしっとりした感じがして、どうしようかなと思いましたが、買いました。

この作品、著者にはめずらしいまえがきがあります。まえがきを読んで理解できました。タイトルをモチーフとしたコンセプト・アルバムだったんです。

コンセプト・アルバムとしての楽しさ

コンセプト・アルバムは全体を通して、着想となったモチーフが繰り返されることがありますから、このフックあるタイトルがモチーフなんですね。
真意については、いいのかなというぐらい深くまえがきに書かれているんですけど、聞く方はあえて深い読みとりをしなくても、作品ごとに現れるモチーフを聴きながらストーリーを素直に楽しめばいいのだと思いました。モチーフは作品ごとに変調してますので。

 

イメージとしては、つもりとしてはそういうものなのだと思って読んでいただけると、作者としてはありがたい。

 

6つの短篇から構成されていますので、それぞれのメモ。個人的に面白かった点です。タイトルの下に、青字で、単行本の帯に書いてあった説明を入れています。(ネタばれを極力さけました) 

 

1.ドライブ・マイ・カー

  舞台俳優・家福は女性ドライバーみさきを雇う。死んだ妻はなぜあの男と関係しなくてはならなかったのか。彼は少しずつみさきに語り始めるのだった。 

ドライブ・マイ・カーの絵

 主人公の家福もそれなりに運転するんですが、運転手に雇った”器量の良くない”みさきの運転がうまいんですね。エンジン音からではシフトチェンジのタイミングが分からないほど運転がうまいんです。それも家福の愛車での話なんです。

家福は他の男と関係を持った妻が理解できなくて悩んでいます。いろいろな会話がなされて、頭では理解しているんですけど、深いところでは納得していないんだろうなと思いました。

 

すべては、あまりに滑らかで、秘密めいていた。耳に届くエンジンの回転音がわずかに変化するだけだ。行き来する虫の羽ばたきのように。それは近づき、そして遠ざかる。 

 

引用した部分は、家福がみさきのシフトチェンジのタイミングをもう一度聞き取ろうするシーンの一節です。

個人的には、タイトルに二重の意味があったのか気になるところです。タイトルが隠喩めいたニ重奏(デュオ)であるかどうかに関わらず、引用した一節はとてもエロティックですよね。フルスロットル感ある前奏です。

 

ドキドキしたみなさん、安心してください。次はアコースティックギター一本の演奏です。

 

2.イエスタデイ

完璧な関西弁を使いこなす田園調布出身の同級生・木樽からもちかけられた、奇妙な「文化交流」とは。そして16年が過ぎた。

 

私たちは二人だけで小さな船室にいて、それは夜遅くで、丸い窓の外には満月が見えるの。でもその月は透明なきれいな水でできている。そして下の半分は海に沈んでいる。

 

木樽が小学校からつきあっている彼女、えりかの16年前のセリフです。

ニ作品目になりますと、ああ、村上を読んでいるんだなというのが実感されてきます。

二度と戻らないフローズンな結末になっているんですけど、甘酸っぱいストロベリー・フレーバーが全体に漂っているような仕上がりです。

語られていない内容も多く、そこをいろいろ想像する面白さがありました。長編に発展しそうな気配も感じます。普遍的な物語の構造があるんだろうと思いました。

決定的なことがあって、そのあとどう生きていくのか。その辺りはこの作品ではあまり書かれていませんので、続編を読んでみたいところです。
作品としては完結しているんですけど、「僕」を含めた三人は、まだ括弧に入ったままのように感じました。

 

はじめの二曲でもう充分に満足しました。だから次はシフトダウンした作品が来るでしょう。おそらく。

 

3.独立器官

友人の独身主義者・渡会医師が命の犠牲とともに初めて得たものとは何だったのか。

 

渡会という医師は恵まれた立場を活かして複数の女性のセカンドポジションを屈託なく楽しんで生きてるんですね。ピノ・ノワールの選び方は得意だとか言いながら。

グールドの弾くバッハのパルティータを聞くように、ふむ、ふむと、この渡会医師がタイトルの独立器官なんだろうなと思って読み進めるわけなんですが、はらりと様子が変わるんですね。
著者は何を持って独立器官と言っているのでしょう?

 

僕は同意した。たしかにそんな話は他に耳にしたことがない。そういう意味では渡会さんはきっと特別な人だったのだろう。僕がそう言うと、後藤青年は両手で顔を覆い、しばらくのあいだ声を出さずに泣いた。

 

「僕」が、ちょっと変ななぐさめかたをして、それでも登場人物のひとりが泣いてしまうんですね。独立器官がもたらした手に負えない状況を良く伝えています。引用したのはその一節です。

2作目までの高揚感が嘘のようです。ヘビーな作品でした。何かトラップに引っかかったような気持ちさえします。コンセプト・アルバムですから。

 村上春樹のほとんど信念に近い強度を感じました。

次はわりとハッピーな展開じゃないかと勝手に予想します。希望ですが。

 

4.シェエラザード

陸の孤島である「ハウス」に閉じ込められた羽原は、「連絡係」の女が情事のあとに語る、世にも魅惑的な話に翻弄される。

 

私は水底の石に吸盤でぴたりと吸い付いて、尻尾を上にして、ゆらゆらと水に揺れている。まわりの水草と同じように。あたりは本当に静かで、物音は何ひとつ聞こえない。それとも私には耳がついていないのかもしれない。

 

もうわたしは静かになりました。だんだんと言葉数が少なくなっていきます。
この作品は、まえがきで、尖った読者向けの雑誌のために書いたと書かれています。蟹を食べている時のように無言になるほどの面白さがありました。

「村上さんのところ」で、村上さんはなぜことあるごとに交わりのシーンを描くのかという質問があったと思います。この作品を読むと良くわかります。
つまり、ハルキは、これからも交わりのシーンを書き続けなければならない。
物語に必要だからなんですね。

 

5.木野

妻に裏切られた木野は仕事を辞め、バーを始めた。そしてある時を境に、怪しい気配が店を包むのだった。 

木野の絵

 店の名前は「木野」にした。他に適当な名前を思いつけなかったからだ。最初の一週間、客は一人も来なかった。しかしそれは予想していたことだったから、さして気にしなかった。

 

これは木野という男をひたすら見続ける作品です。
最後に、わーっと来ます。

ディテールを少しでも語ると面白さを特に損ねそうな気がしましたので、この作品については、ノーコメントにしました。この作品が一番面白かったという意見がネット上では多かったように思います。


いよいよ最後です。「シェエラザード」と「木野」の余韻が消えないまま、「女のいない男たち」に突入します。

 

6.女のいない男たち

ある夜半すぎ、かつての恋人の夫から、悲報を告げる電話がかかってきた。

 

この作品は、読んだあとすぐに読み返しました。
レントゲン写真を突然見せられて、はっきりと画像は焼きついたけど、脳は思考できていないので、もう一度見せてという感じ。

 

女のいない男たちになるのはとても簡単なことだ。一人の女性を深く愛し、それから彼女がどこかに去ってしまえばいいのだ。

 

この作品で最も引用された一節ではないでしょうか。

おそらく、この「僕」は、ここで語られる物語も含めて6編の物語を見てるんですね。だからいろいろな言葉が噴出していると思うんです。

 

素敵な西風を失うこと。14歳を永遠に――10億年はたぶん永遠に近い時間だ――奪われてしまうこと。遠くに水夫たちの物憂くも痛ましい歌を聴くこと。

 

6編の物語の絡み合いを響かせるように、最後に、ぶわぁーって吹ききってフィニッシュ。


確かにコンセプトアルバムでした。はじめからおわりまで何度も聞けそうです。
最後の曲によって、 揺り動かされた感情とか良心を、少しだけ麻痺させてくれるように感じましたので。

 

これがコンセプトアルバムであることを知らない中古レコード屋の店員のように、POP体ボールドであえてリコメンドするならば(やれやれ)、おすすめは 1、2、4。ひとつだけ読むのなら。味わい深いのはです。は1~5のコースを味わってからの鎮魂歌であり、ムラカミ特製リフレッシュメント。

 

モチーフ以外にも、ディテールや設定が繰り返し登場しますのでやはり通して読まれるのが面白いんだろうなと思います。

 

女のいない男たち

女のいない男たち

 

 

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