アーキペラゴを探して

archipelago - 群島、島嶼、多島海、そのニュース。 脱領域への情報と考察



スタンプ宇宙はめくるめく

 

首里城のスタンプ

 

成長の過程でスタンプ収集熱は起きるのかもしれない。子どもから大人へ。発展途上国から先進国へ。その途上の過程でスタンプコレクターが軽やかに出現する。本州ではノーライバルだ。沖縄や北海道では手強いライバルがあらわれる。中国人旅行者の一群だ。スタンプをはやく押せと背後からプレッシャーをかける。焦りのあまり失敗してしまったことも一度や二度ではない。首里城の壮大な景色よりも、スタンプコーナーで中国人からプレッシャーをかけられたことを覚えている。2012年、首里城でスタンプラリーがはじまった。正殿への道程でポイントごとに置かれた小さなスタンプを集める城あそび。25個のスタンプを集めきったとき、26番目の門が開かれ尚円王の怪しい力が得られるのではないかと熱狂した。首里城で見た中国人旅行者たちは小さく赤いスタンプの重なりの中に今も見え隠れしている。

 

千歳空港のスタンプ

 

韓国人旅行者も強敵だ。韓国はもう発展途上国とは言えない。それなのに、なぜあなたたちは、時計台や北海道庁のスタンプコーナーで、はやく押せとばかりに、プレッシャーをかけるのか。北海道を観光する韓国人は上品な人が多いと思うが、スタンプをどうしても押したいという欲望は隠せてはいない。紳士淑女のあいだで、異国間の小競り合いが繰りひろげられた。みごとスタンプを勝ちとっても、あろうことか、印面が擦り減りまくっていて、図柄がまるで分らなかった場所がある。あいご。韓国人旅行者は小さく小さくつぶやいた。韓国人ともどもがっくりとして、はるか北海道をあとにした。まったくもってシンパシーを禁じ得ない。たが、失意のさなか、帰りの千歳空港で英字筆記体の洒落たスタンプを発見し、同朋は天に昇っていったのだろう。 

 

名古屋城のスタンプ

 

お母さんと子どもという組合せもあなどれない。修行僧のようにスタンプ台の前で押印前の精神統一をしていると、あざとく見つけるんですよ、彼らが。喜びのエモーションを感じとるやいなや獲物発見の狼煙をあげる。「まこちゃん、スタンプよ」「ままあ、スタンプぅ」「しゃっぽこ。しゃっぽこ」それを言うならシャチハタだろう。ライバルの構成はなぜかお母さんと子どもふたりと相場が決まっている。母親がぼくの真後ろにたち、ふたりの子どもがぼくの両側からとり囲むメコンデルタな布陣。はやく押せよとばかりにあごをスタンプ台にのせる。右側の子どもが口をひらき、げぇふうと生臭い息をもらす。左側の子どもが瞬時に反応し母親の乳房を念力で引き寄せる。おまえらスタンプなんかに興味あれへんやろと叫びたいところをぐっとこらえて、こころみだれたままスタンプを押す。たいてい失敗する。ささやかな楽しみの感情でさえ喰いつくそうとする名古屋ザメのような嗅覚。あの親子たちはいったいなんですか。 

 

座間味のスタンプ

 

やはり、ノーライバルでプレッシャーなく、ゆっくりとスタンプは押したい。沖縄の離島に行って、船の待ち時間がたっぷりあったりするときなどは、うまく押せる。スタンプのデザインが素晴らしいときなどは、その瞬間が印影という結晶になって永遠に刻まれるような気がする。そんなときは、文庫本の裏表紙なんかにも押してみる。あとでその文庫本を見たときに、あそこあの場所で読んだな懐かしく思うことができる。旅の記憶と文庫本のストーリーは何の関係もないのだけれども、スタンプという接点で種族間をこえてみだらに交わっている。旅と小説の幾つもの放物線がスタンプという結びめで力強く交差している。

 

仮面ライダーのスタンプ

 

今日もスタンプコーナーを発見した。コンビニで仮面ライダーのスタンプを見つけたのだ。変身ポーズが決まっている。これは完ぺきに押したい。うわっ。失敗した。痛恨のミス。しみる。小学生のころ、プールで泳いでいたら鼻から水が入り、思わずあおいだ青空にぽっかりと太陽が浮かんでいた。コレクターは太陽の引力にひかれてスタンプのまわりをくるくるとまわる。スタンプを中心とした太陽系が宇宙には幾つも存在する。無数にあるスタンプコーナーという小宇宙で、ぼくは今日もぷしゅっと押してみる。時間と記憶が交錯する空間のはざまで、生存の証をひそかに刻印する。

 

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