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竹鶴と文庫本のマリアージュを愉しむ / マッサンから学ぶウイスキー入門

 ウイスキーのことを考えながら難波の高島屋に入ると、1階の正面にマッサンの特設コーナーがあった。 

高島屋の竹鶴MUSEUMでニッカ入門を志す

高島屋の竹鶴MUSEUM

英国の首相は言った。かつてノートと万年筆でこの国の秘密を盗んでいった若者がいると。スペイサイドでのウイスキーづくりを克明に記録したマッサンのことだ。
その竹鶴ノートも展示されている展覧会的な催し物。トンデモ医者から酒は控えるよう言われているのだが展覧会ならいいだろうと思って覗いてみた。

 

マッサン愛用のグラス

展示物をゆっくりと見る。未開封で保存された初期のニッカ。その横にはマッサン愛用のグラスが並ぶ。竹と鶴の彫刻の入った薄手のグラス。マッサンの人となりが良く分る一品。コーナーの一角ではニッカのウイスキーも販売されている。竹鶴と余市のラインナップが鎮座している。

物欲しそうに眺めていると、ニッカの人が近づいてきた。 中の人の視線はチラと竹鶴と余市のボトル群へ泳ぐ。

 「テレビの影響で今は入手が難しいですよ」 

「ニッカはフロム・ザ・バレルしか飲まないんです」やんわり断る。

「この機会にぜひ……」

気づいた時には180mlのミニボトル4本と竹鶴17年を1本買っていた。ミニボトルは置いてある全種類を買った。竹鶴ピュアモルト(ノンエイジ)と竹鶴17年と竹鶴21年と余市10年。

 

晩年の竹鶴政孝は、自分のつくったウイスキーを時間をかけてゆっくり楽しんだという。

 

展示パネルにあったこの文章を読んだのがいけなかった。この一節を読んだ瞬間、無性にニッカのウイスキーを飲みたくなった。言葉には人を動かす力がある。今年の抱負はニッカ入門。

高島屋の紙袋がずしりと重い。バラの絵柄もゆがむ。購入金額が一万円を超えたとかで、おまけにくれたアテの甘納豆がうれしい。

 

マッサンとリタの物語 | NIKKA WHISKY

 

次の朝、ニッカ入門計画を立てた

快晴の朝。目玉焼きを焼いたあとニッカ入門計画を立ててみた。ゴクゴクと無計画に飲むことは避けたかったのと、普通の飲み方では、何の気づきも学びも得られないと思ったからだ。

フロム・ザ・バレルは音楽CDを聴きながら飲むことにしている。ためしにミニボトルを音楽CDと並べてみたが丸と四角で何のコレスポンダンスもない。ほかに似合いそうなものを探してみた。本なんかどうだろうか。単行本では大きさのバランスが取れない。すぐに文庫本がぴったりすることが分かった。ウイスキーと文学の出会い。

それぞれのミニボトルに似合いそうな文庫本を選んでみる。内容に関係なく、ラベルの配色と文庫本のカバーで色合いがしっくりするものを選ぶ。なにも考えずにできるだけ素早く。ウイスキーと言葉の偶然の出会いが味わいを深いものに変える。それは入門という個人的なイベントにも鮮やかなインプレッションを刻むだろう。マイ・ニッカ入門計画ーー

 

竹鶴に似合う文庫本を選び、テイスティング作業に入る

本棚の中から、それぞれの竹鶴のラべルに調和する本をピックアップした。カメラのファインダーを通してマッチングを確認する。

いよいよテイスティング作業だ。キャップを封じているセロファンをペロッと剥がす。

瓶の口から立ち上がるフレーバーは甘いハニー。J-POPにたとえるならば、今夜はブギーバック。一本づつ注意深く嗅いでみる。やわらかなバニラ香のなかにわずかにピート臭が香る。三本の竹鶴に共通する香りの印象はスイートで華やかなイメージ。少し舐めてみる。共通するのは甘く芳醇な味。口に含んだ時のアルコールの拡がり、複雑感、熟成感はそれぞれ違う。

頑固なおじいちゃんが持ってきたとっておきのハチミツを性格の違う子ぐまの三兄弟が桜舞い果実ころがる小川のほとりでそれぞれの流儀で舐め戯れている……よく見ると子ぐまの手足には鋭い爪が光っている、そんな映像が浮かぶ。長年にわたるハードリカーの飲用でぼくの味覚は壊れかけているんだろう。

 余市10年も開けてみる。余市はシングルモルトらしい清々しさ。立ち上がるピート臭。竹鶴は特徴の違うシングルモルトをブレンドしたピュアモルト。

ニッカはブレンドを「ウイスキーの花束」と表現している。

 

 ブレンドすることでそれぞれの原酒の香りや味わいを引き立て合い、複雑で調和のとれた、芳醇な香りや重層的な深い味わいとなります。

一輪一輪の花の個性をいかして、ひとつの花束ができるようにブレンドによりウイスキーの花束が完成します。

 

 竹鶴はブレンダーの巧みな技術による想像と創造の強い酒。文学も「言葉の花束」と言えるのだから、ブレンドされたウイスキーがマリアージュには適している。組合せによる魔術的効果。一本づつ飲みながら、それぞれの文庫本からアテとなるような一節を選んでみた。

 

竹鶴(ノンエイジ)と三島由紀夫『若きサムライのために』 

竹鶴(ノンエイジ)と三島由紀夫『若きサムライのために』

小さいグラスに注ぐ。まずはストレートで。アルコールの拡がり感はノーマル。ニュアンスとしてフレッシュなスパイシーさがある。礼儀正しくまっすぐな味。

選んだ本は、未読である三島由紀夫『若きサムライのために』。ラべルの黒にあわせた。探してみると黒を使ったカバーの文庫本はこの一冊だけだった。死の前年ぐらいの三島由紀夫による人生訓。ノンエイジの姿勢を正して飲むようなイメージと妙にマッチしている。中身をバラバラと読む。はっとした一節を選ぶ。

 

 文学はよいものであればあるほど人間は救われないということを丹念にしつこく教えてくれるのである。そして、もしその中に人生の目標を求めようとすれば、もう一つ先には宗教があるに違いないのに、その宗教の領域まで橋渡しをしてくれないで、一番おそろしい崖っぷちへ連れて行ってくれて、そこで置きざりにしてくれるのが「よい文学」である。

 

これが三島由紀夫の考える「ほんとうの文学」である。その反対の、三島の考える二流の文学というのは、読者を励ましたり、勇気づけたり、希望を与えたり、「人生というものをほんのちょっと明るく見せかける」ようにうまくこしらえてあるものである。しかし三島は言う。「この二流品におかされているうちはまだ罪も軽いし害も少ない」と。

長年B級を追求してきたぼくの業(カルマ)はそれほど深くはなかったようだ。

竹鶴(ノンエイジ)はたくさん飲んでも酔い崩れてはいけない清浄なイメージ。ストレートで飲みたい。チェイサーは軟水で。フルボトルで1900円程度(税込み)という驚異的なコストパフォーマンス。*1 ニッカのウイスーには凄まじいお値打ち感がある。

カルマが浄化されたこともあり次へ行こう。 

竹鶴ピュアモルト|NIKKA WHISKY

 

竹鶴17年と『西脇順三郎詩集』 

竹鶴17年と『西脇順三郎詩集』

 同じく小さなグラスに注ぐ。これもストレートで。口のなかでアルコールとともにフルーティーな成分がほわっと拡がる。上品で華やかな味である。

竹鶴17年には『西脇順三郎詩集』を選んだ。昔よく読んだ詩集。17年のラべルと丁度同じ色合いのカバー。西脇順三郎は近代の代表的詩人。調べてみると、西脇順三郎氏(1894年1月20日 - 1982年6月5日)とマッサンこと竹鶴政孝氏(1894年6月20日 - 1979年8月29日)は、ほぼ同時代を生きていたことが分った。偶然というおそろしさ。あるいは引き寄せの法則。晩年の詩から選んでみた。

 

宝石の眠り

 

永遠の

果てしない野に

夢見る

睡蓮よ

現在に

めざめるな

宝石の限りない

眠りのように

 

この詩を読んでいると、竹鶴は水にあまり伸びないのではないかということに思い至る。ある種のウイスキーは水で割ると複雑な成分が花開いておいしく感じる場合がある。その反対に水で割らなくても複雑な成分が花開いているウイスキーもある。水で薄めすぎるとおいしさが半減する。竹鶴は後者ではないだろうか。ストレートもしくはロックもしくはトワイスアップで飲めということをマッサンが時空を超えて伝えているようだ。この詩集を引き寄せたのはおそらくマッサン。

(ニッカのウヰスキーを形容するには、あの詩があるじゃろう)

リクエストに応えてもう一節。たぶん西脇順三郎の一番有名な詩。

 

天気

 

(覆された宝石)のやうな朝

何人か戸口にて誰かとささやく

それは神の生誕の日

 

詩集からは、西脇の詩でアルファでありオメガであるような作品を選んだ。本来は、諧謔の詩人としての本領である淋しい実存が感じられる詩を選びたかった。同時代の二人の偉人からのプレッシャーがそれをさせなかった。しかしマリアージュを感じる。17年は手を加えられることを拒む酒。ストレートかロックで飲みたい。

竹鶴ピュアモルト|17年|NIKKA WHISKY

 

竹鶴21年と池澤夏樹『スティル・ライフ』 

竹鶴21年と池澤夏樹『スティル・ライフ』

 グラスがないので小さめのワイングラスに入れる。同じくストレートで飲む。アルコールは17年よりもゆっくりとビターに拡がる。ドライフルーツや干し草のような枯れたイメージが加わる。熟成感のある深い味わい。

竹鶴21年にはスティル・ライフを選んだ。一回読んだ本。21年のイエロー味の強いラべルと文庫本カバーの草花が同じ色合いだった。スティル・ライフからは有名なチェレンコフ光の一節を選んだ。

 

星の話だ。

ぼくたちはバーの高い椅子に坐っていた。それぞれの前にはウィスキーと水のグラスがあった。

彼は手に持った水のグラスの中をじっと見つめていた。水の中の何かを見ていたのではなく、グラスの向こうを透かしてみていたのでもない。透明な水そのものを見ているようだった。

「何を見ている?」とぼくは聞いた。

「ひょっとしてチェレンコフ光が見えないかと思って」

「何?」

「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると、光が出る。それが見えないかと思って」

「見えることがあるのかい?」

 

こうした飲み方をしていると、時間感覚と遠近感が狂わされ、三島由紀夫が言うように、どこかへ連れて行かれ置きざりにされるような感じになる。スティル・ライフのラスト部分からもう一節。あともう一杯。

 

「しばらく前って?」

「一万年くらい。心が星に直結していて、そういう遠い世界と目前の狩猟的現実が精神の中で併存していた」

「今は?」

「今は、どちらでもない。あるのは中距離だけ。近接作用も遠隔作用もなくて、ただ曖昧な、中途半端な、偽の現実だけ」

 

この作品のなかに、雪が降っているのではなく、雪が降ってくるところに向かって世界が上昇しているという描写がある。スティル・ライフは現実的なところもある小説だけれども、ところどころ幻視のイメージが挿入される。同じように熟成されたウイスキーも幻覚をつくりだすことがある。21年はストレートもしくはロックもしくはトワイスアップで飲みたい。*2 チェレンコフ光が見えるかもしれない。

竹鶴ピュアモルト|21年|商品ラインアップ|NIKKA WHISKY

 

竹鶴を選んだ理由とニッカ入門の行方

マイ・ニッカ入門のメニューがすべて終った。何時間たったのだろう。途中で意識が飛んでいたかもしれない。17年あたりが危なかった。文学の魔力的効果でメロメロに酔うことができた。濃密な時間を過ごすことができた。ただ連続マリアージュは強烈なので悪酔いには注意したい。荒行であった。

結論的には、一種類の酒と一種類の文庫本のマリアージュを愉しむのがいいようである。

竹鶴をニッカ入門のウイスキーとして選んだのは、白衣を着たマスターブレンダーとしてのマッサンが頭にあったからである。だからブレンドされたウイスキーを選んだ。ブレンダーの超絶なる世界を僅かにでも想像するために、ブリコラージュ的に文庫本をあわせてみたということはある。

ニッカ関連の記事を読んでいると、マッサンが晩年に飲んでいたのはハイニッカであることが分った。しかも今月末にマッサンが飲んでいたブレンドのハイニッカが限定復刻されるようである。庶民派のブレンデッド。マッサンが晩年楽しんだというウイスキーにたどりついた。*3 

ハイニッカにブレンドの深淵を感じることができる。どうやらニッカに入門できたようだ。というよりウイスキー全般に。

 

  初号ハイニッカ復刻版 2月24日新発売(数量限定)

ハイニッカ | アサヒビール

 

今週のお題「今年の抱負」

 

参考図書 

若きサムライのために (文春文庫)

若きサムライのために (文春文庫)

 

  

西脇順三郎詩集 (岩波文庫 緑130-1)

西脇順三郎詩集 (岩波文庫 緑130-1)

 

 新潮社の村野四郎編はもう売っていなようなので、全期に渡る作品が載っていそうな文庫本。

  

スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)

 

 

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archipelago.mayuhama.com

 

*1: ノンエイジのミニボトルはセブンで864円(税込) で売っていた。少々割高か。

*2:ウイスキーに同量の水を加えた水割り。

*3:ブレンデッドは、大麦麦芽を原料とするモルト原酒とトウモロコシやライ麦を原料とするグレーン原酒の二つをブレンドしたウイスキー。いわゆるウイスキー。