アーキペラゴを探して

archipelago - 群島、島嶼、多島海、そのニュース。 脱領域への考察と情報

僕は今日もバナナを食べる

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むかし、フィリピンに行った。ミンドロ島だったと思うが、乗っていたジープニーがつくと、ストリートチルドレンと見紛うばかりの少年たちが降りようとする乗客に群がった。行き先まで荷物を持っていくよと、乗客たちにさかんにアピールした。
 
その少年たちは、ひとつのグループのようだった。少年達のなかに、ひとりだけ体の大きい、とりわけ日に焼けた、とんでもなくワルい顔をした少年がいた。グループのリーダーであることは明らかだった。
 
ボスといった方がぴったりなこの少年は、僕がジャパニーズであることを見ると、我先にとアピールする少年ではなく、仲間の後ろの方にいた体の小さい、松葉づえをついた少年に、オマエ行けよみたいなことを言った。
 
ほかの少年には、オマエラは手を出すなとばかりに、ボスは冷酷な視線でにらみつけた。ボスは松葉づえの少年にどうしてもやらせたいようだ。
 
荷物を運ぶといっても、15メートル先に止まっているタクシーに運ぶだけなので、少年たちに頼む必要はなかった。少年たちのあいだでは、僕の荷物を運ぶというのは既に決まっているようなので、おとなしく状況に従った。
 
松葉づえの少年の肩に、ショルダーバッグを無造作にかけると、少年の体がガクリと傾いた。カメラが入ってるからメチャ重いよ。無理だよ。ボスの方を見た。ボスは少年の方を無言でじっと見ている。
 
よろけながら歩く少年の後を、ゆっくりとついて歩いた。タクシーの運転手もその少年を知っているのか、15m先でトランクを開けて、僕の荷物を持った少年が必死に歩いて来るのをハラハラしながら見ている。15m先が100m先ぐらいに見える。
 
仲間の助けを借りず、自力で、少年は荷物を車のトランクに入れた。少年は、やったー、みたいな快哉の叫びをあげた。僕はチップを渡し、少年はまた喜んだ。喜ぶ少年を見て、ボスは、殺し屋のようにガチガチに固まった表情を崩して、嬉しそうに笑った。何か事情があったのだろう。  
 
その光景を見て感慨にふけり、ぱっと、着のみ着のままの少年たちの背景を見ると、道端にバナナの木がたくさんはえており、小さいバナナがたわわに実っていた。もしかしたら、バナナだけ食べていたら、生きていけるかも知れない。しかし、いつもバナナだけ食べて生きる訳にはいかないし、バナナだけに目を向けていてはいけないということか。
 
人はパンだけで生きるものにあらず、主イエスが言われたように、人間、バナナだけでは生きられないよねと深く納得したものだった。
 
当時、リーダーとか指導者とかそうした言葉は大嫌いだった。少年たちの関係を見て、世の中には、リーダーというものがあってもいいのかなと思った。
 
だがリーダーとか指導者とかを完全に肯定したわけではない。世界は良い人たちだけで出来ているわけではないからだ。邪悪と呼ぶことが適切かどうかは分からないが、そうした人たちは少なからず存在する。
 
 逃げればいいだけなのかもしれないが、そうはいかない場合もある。彼らに喰われないで生きるためには、性善説を前提にした技だけで生きることはできない。結果、邪悪なものに戦いを挑み、返り打ちにあうことがたいていだ。もし、邪悪な人たちに出会わないで暮らせるならば、それが最も羨ましい人生ではないだろうか。
 

 

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 フィリピンで、店ごとにレシピの違うハンバーガーを食べ歩いたり、サン・ミゲルビアの飲み過ぎが良くなかったのか、今ではアレルギー疾患となり、ハードな食事制限の身となっている。

 
外食した場合、どうしても野菜の量が足りない。野菜不足を補うため、コンビニに駆け込む。最近はどこのコンビニでもバナナが売っていて、ヘビーローテーションでお世話になっている。 
 
僕は今日もコンビニのバナナを食べている。
よく晴れた公園でバナナを食べながら、いまは大人になっているであろう15年前の少年たちのことを思う。
 

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