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エクリチュールと旅2 / 零度と海

(9月15日エントリーのメモ)

ベトナムエアラインの中で、バルトの『零度のエクリチュール』を読んだ。字面を追うことはできるが理解は難しい。デュラスの小説はすらすらと頭に入る。デュラスはバルトを嫌っていたという。デュラスの本心は分からない。バルトとデュラスのエクリチュールに対する考え方は、ポジとネガかも知れない。デュラスのエクリチュールが分かれば、逆の作用を為すであろう零度のエクリチュールをイメージできるだろう。

 

 

数年前にサイゴンの西外れからローカルバスに乗った。ベトナム南部メコンデルタのヴィンロンに行くためだ。M.デュラスの描くメコン河のイメージに取りつかれていた。そのデュラスのエクリチュール『ラマン/愛人』でキーとなる地名は三つある。白人の少女と中国の男の出会うメコン河の渡し船、少女の家族が住むサデック。中国の男の隠し部屋のあるホーチミンシティのショロン地区。

 ヴィンロンのメコン沿いに建てられたホテルはかなり寂れてはいたが、部屋から見たメコン河の色は素晴らしかった。次の日、ヴィンロンには、サデック行きのバスはないというので、バイクの後ろに乗せてもらってサデックに行った。バイクタクシーというらしい。一本道を北上していると、後ろからチャウドック行きの荷物満載ボロボロのバスが猛然と追い越していく。両側に水田が延々と続く、あまりにも単調な景色をそのデュラスは縁を持つ海と書く。

 

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サデックは、白と水色のペンキで塗られた西欧風の住居が多く、他のメコンの町と較べると、どこか乾いた明るさを持つ街だ。フランス植民地主義者達の残した街路等の都市構造を下敷きに現在の街が出来ているので、整然さを感じるのだろう。運河沿いのレンガ工場の横に西洋式の廃墟があり、1920年と正面に刻印されている。デュラスが定期航路でフランスに帰る時代の建物だ。

この辺りの緯度では、メコン河は大きく二つに分かれており、ヴィンロン近くの渡し場には、大きな吊り橋が架けられ、フェリーは廃止されていた。さらに西に進み、もう一つの支流の渡し場に行き、フェリーに乗った。河の向こうにはメコンデルタ最大の街カントーがある。フェリーというのは普通大きなものだが、メコンの大きさと較べると霞んでしまう。

 

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殆どの日に雨が降った。雨と言っても、霧雨のようなもので、雲の切れ間から陽は差しているので、体に触れるか触れないところで乾いてしまう、糸か羽のように軽い雨だ。カントーからサイゴンまではミニバスに乗った。エアコン付きだがぎゅうぎゅう詰めなのは変わりなかった。それでも中国のミニバスに較べると雰囲気はフレンドリーだ。

サイゴンに着きコンチネンタルホテルに行った。フロントで空室を確認すると、ベッドルームとバスルームがそれぞれ二つあり、リビングルームと書斎からなるデラックスタイプの部屋しか空いてないという。デュラスの言う世界で一番美しいホテルに泊まるのは80ドルだ。コロニアルスタイルのホテルは、いつも思うのだが、建物というより映写機に近い。点在する意匠が、幾つもの時間と空間の交差を映し出している。

サイゴンからショロン行きのバスに乗った。着くとまた雨が降り出した。市場横の古い建物の写真を何枚か撮り、街路に沿って歩いた。その街は想像よりも大きく、東南アジア最大のチャイナタウンだろう。雨が強くなる前に、撮影に必要な照度が得られなくなる前に、すでに写真を撮るのは止めていた。絶対的な雨が降る。デュラスのエクリチュールに、知覚が完全にヤラれている。激しいスコールが打ちつけ、古いショロンの街を破壊していく錯覚を、ただ眺めていた。

 

 

 

 

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